「対話とは、共鳴のポイントを探るプロセスだ」---忙しい現代社会に日常を問い直す余白をつくるユニット「対話部」

佐藤 慶一 プロフィール
左から中岡晃也氏、北川真紀氏、古瀬正也氏

「対話部」が生まれたのは、2011年10月ころ。当時、修士論文を執筆中の古瀬氏、卒業論文を書いていた中岡氏、スコットランド留学から帰ってきた北川氏は、頻繁に「対話」の話をしていたという。

対話をめぐる原体験は、2010年に「ママチャリキャラバン」というママチャリで日本各地を巡りながら、全47都道府県でワークショップを開く取り組みだ。この企画メンバーの中で特に対話が好きになった3人が集まった。

「対話を実践し、それから生まれる効果や高揚感を客観的にみたり、体感してみたかったんです」(北川氏)

そのときはまだ「対話部」という名前はなかった。しかし、自然発生的に集まり、毎回違うカフェに入り、テーマを決めずに活動や悩みを話し合う。対話に没頭するあまり、カフェに5時間くらい滞在したこともある。

もはや「対話のトレーニング」ともいえるくらい部活動のようだったことから、「対話部」という名前になった。不定期開催のため、その期間にそれぞれがストックした理論や知識、本などを持ち寄りながら、なにかの事象に対して、じっくり話していたという。

「それぞれが違う学問を深めていたこともあり、アカデミックな側面から、昔の理論とか考え方を借り、現代社会を分析しようとしていました。理論は使わないと意味がないと思っていて。遊びのように理論を使って対話していましたね」(古瀬氏)

対話部の活動を「危険な遊び」と表現したこともあると北川氏。「長い時間対話するため、問い直しすぎることもあります。これまでもっていた前提や価値基準が揺らぎ、問うことはマイナス要素もあるんだと体験しました」(古瀬氏)

その後、中岡氏が大学の授業で川崎紀弘氏(amuディレクター)に出会ったことで、対話部の活動は新しい展開をみせる。授業で多目的クリエイティブ・スペース「amu」を利用したことがきっかけで、2013年2月に対話部初となるイベントを開催した。

「amuが編集デザインの会社が運営しているということもあり、資料や企画に対してデザインというフィルターが入るので、会場を借りるだけではないメリットもありました。また、3人の白黒写真でユニットにするというアイデアも川崎さんから生まれました」(古瀬氏)