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特別読み物 真山仁 卒業式で初めて褒めてくれました
あの先生に出会えてよかった ——私が今日、こうして生きているのは先生のおかげです

真山仁 小説家
卒業式で初めて褒めてくれました

子供時代の私を知っている人は、今の私はまるで別人のようだと言います。子供時代はとにかく頭でっかち。言いたいことはずばっと言うし、自分が正しいと思ったら何を押しつけてもかまわないと信じていました。この考え方にブレーキをかけてくれたのが、堺市・光竜寺小学校時代の担任である石田真弓先生です。小学5、6年生という多感な時期に先生と出会わなければ、私がもっと偏った人間になっていたのはまちがいありません。

先生が担任になったのは小学5年生のとき。先生は当時24歳でした。短大を卒業してすぐ赴任してこられ、3年間、低学年を受け持ったあと、私たちの担任になりました。

最初、私は石田先生に目の敵にされるくらい叱られました。それには理由があって、当時の私は、問題児扱いされていたからです。たとえば「勉強の妨げになるので、夏休みの間、朝11時まで友達の家に遊びに行ってはいけない」というルールがあると、自ら職員室に行って「基本的人権の侵害です!朝勉強しようが夜勉強しようが、その人の勝手じゃないですか」と訴えたりしていました。

当時は、頭ごなしに言うだけの先生も多かった。でも、石田先生は子供たちで決めることを大切にしてくれました。

それで、じきに目の敵にされる状態ではなくなったのですが、5年生の1学期終了時、本当に打ちのめされるようなことが起こりました。通知表のコメント欄に、「責任感が強いのはいいけれど、相手の気持ちを考えないで、頭ごなしに人を非難するのはやめなさい」と書かれたのです。

もの凄いショックでした。2学期も同じことを書かれました。「何で正しいことを正しいと言ったらあかんねん」と思う一方で、心にひっかかるところもありました。そこで、必死に怒りを抑えながら、どうしたら人と穏やかに話せるかを考え、行動しようとしました。でも、3学期もコメントは同じでした。

とうとう我慢できなくなって抗議しました。「おかしい!」「どこを見てるんですか」と。すると石田先生は、「以前よりもよくなっているけれど、あなたはもっと出来る子だと先生は思っています。でも、まだそのレベルには全然達してない。何度も通知表に書くのは、あなたの一生にとって、これはとても大事なことだから」と言われたのです。

結局、6年生でもずっと同じことを書かれました。卒業式のとき、先生が記念のサイン帳に「凄くキラキラした目が印象的でした」と書いてくれました。それが初めて先生から褒められた経験。先生は私に、一方的な決めつけでは相手に思いは届かないというブレーキを植え付けてくれました。

そのブレーキは、作家になった今も活きています。「もっとはっきりとメッセージ性を前面にだして」と言ってくださる読者もいます。でも、私はそうしない。その理由は、そんなことをすると、また〝恩師〟から「正しさを押しつけないで」と言われてしまう気がするから。私の中では今でも、通知表を書いている石田先生が存在するんです。

「週刊現代」2014年3月29日号より