医療の枠を越え、幸福な高齢社会の礎となる【後編】---武藤真祐(祐ホームクリニック理事長・宮城県石巻市)
訪問診療は3名1組のチームで動く。武藤医師のチームは自称「チームA」。阿吽の呼吸の作業分担が見事だ

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日本の他地域が学ぶべき優良事例として取材・視察も増加

時を経て2013年末。開設から約2年を経た祐ホームクリニック石巻を訪ね、訪問診療に同道した。

看護師の女性と、診療アシスタントを兼ねるドライバーの男性と3人1組のチーム。行き先は、個人宅や高齢者向けのサービスアパートメント、老人ホームなどさまざまだ。

ただ、一様に印象的なのが往診を受ける患者や家族のくつろいだ笑顔。「ゆう先生、今日はね、塗り絵をやってたんよ」「満州にいたときの写真、そこにあるから見てって」「今日はちょっと足が痛い。昔の傷かもしれん」「畑をはじめたんよ、ほらその裏に」。

おじいちゃん、おばあちゃんが口ぐちに武藤氏に話しかけ、離さない。寝たきりで言葉はもうまわらず、それでもぎゅっと手を握って離さない患者もいる。柔らかい表情でそれに応えながら、手元では前回診療時との差分を強い集中で確認する。

傍らでは看護師が脈を取り、慣れた手つきで「いつもの引きだし」を開けて薬の残量を数え、アシスタントは診療の流れに応じた準備をし、変化を記録しながら、「満州の話、5回目ですよ」「武藤先生は東北弁がわからないから、時々、通訳してあげないと」などと言って笑う。

診療アシスタントの男性は2011年の震災当時、タクシー運転手をしていたのだが、石巻を案内してまわるうち武藤氏の思想に共感するようになり、祐ホームクリニック開設時に転職してきた。

診療時には家族やホームのスタッフが寄り添い、武藤氏の指示をメモに取る。「便通があまりよくないようで」「薬は減らしましょう」など、患者本人からは出てこない情報もやりとりされる。独居の老人宅ではキッチンに置かれた食材やベッド回りの清潔さなど生活の状態をさりなげく確認している様子も見てとれる。

被災により、家や家族を失った人も多い。体が動かず、寝返りさえも厳しい寝たきりの人。テレビや書籍に触れた痕跡もない。部屋に置かれた荷物があまりにわずかな人もいる。

診療時が賑やかな分、彼らが帰ったあとの寂しさはいかばかりだろう。苦しい要素は探せば幾らもあげられるのに、でも、なぜか「皆さん、幸せですね」という言葉しか出て来なかった。

少なくとも、この高いプロフェッショナリズムと朗らかさをたたえたチームの訪問の瞬間は。安心だ。温かい。たとえこの先、ずっと一人でも、彼らは最後まで自分の人生の近くにいてくれるだろう。そう思えることの心強さ。この心強さが日本全体にあればどれほど良いことか。

クリニックの前でスタッフと。クリニックの理念に基づき細かい指示などなしに各人が正しいと思うことをする。武藤氏の信頼に基づく組織運営のありかたは石巻でも東京でも共通している(写真の中心は新しく石巻の院長となった日下潔先生)

2014年5月末現在、石巻のクリニックは約170名の患者と共にある。地域の病院や、介護・福祉の専門家と密に連携したサービスは、いまや、「高齢化が進む日本の他地域が学ぶべき優良事例」としてメディアなどでも盛んに取り上げられるようになっている。地方自治体の医療関係者らの視察も多い。

地域内だけでなく、専門的な症例については首都圏の連携病院の専門家医にテレビ会議で相談する。患者の情報は一元的に管理され、関連する各専門家と連続性のあるケアを行うための材料とする。ICTの積極的な活用も耳目を引いている要素の一つだ。

2014年4月には地元出身の医師が名乗りをあげ、武藤氏は院長職を引いた。ただ、いまでも、月2回以上のペースで診療に石巻を訪れている。

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