感動読み物この男がいたからダルビッシュ、田中はメジャー入りできた 伊良部秀輝哀しき最速エースの肖像 前編 生き別れた父を探して
日米通算106勝104敗。記録より記憶に残る投手だった〔PHOTO〕gettyimages

田崎健太ノンフィクション作家

何かあるとすぐ、ふてくされた。GMにも噛みついた。でも、誰よりも速かった。日本最速エースは周囲と衝突しながらメジャーを目指し、道を切り拓いた。だが、夢見た舞台で待っていたのは—。

人生最後のインタビュー

ロサンゼルス市内の和食屋に現れた伊良部秀輝を見て、ぼくは想像していた人間とはずいぶん印象が違うと思った。

190㎝を超える身長、大きな上半身、顔つきはテレビで何度も見てきた伊良部だった。ただ、顔色が青白く、マウンドで打者と対峙していたときのようなふてぶてしさはなかった。

日付は'11年5月26日。引退後、ロサンゼルスで暮らしていた伊良部への取材は4時間にも及んだ。

一般的に伊良部は扱いづらい男と思われており、事実、資料集めをしていても、彼のインタビュー記事は数が限られていた。

千葉ロッテ・マリーンズからニューヨーク・ヤンキースへの移籍で揉めた際の、ふてくされた顔を思い出す人もいるだろう。ヤンキース時代にはオーナーだったジョージ・スタインブレナーから、緩慢なプレーを指して「太ったヒキガエル」と呼ばれて、臍を曲げたこともあった。

「勝手に俺の写真を使うな」