医療の枠を越え、幸福な高齢社会の礎となる【前編】---武藤真祐(祐ホームクリニック理事長・宮城県石巻市)
武藤真祐氏(祐ホームクリニック理事長、医師)

時々、筆者ごとき凡人からすると「同じ人間と思えない」というような頭脳や経歴の持ち主と出会う。今回の主人公、武藤真祐氏(43)も、その一人だ。

東大医学部で医師資格、医学博士号を取得。米国医師試験にも合格。循環器内科を専門とし、弱冠33歳で宮内庁侍従職侍医として2年半にわたり天皇皇后両陛下の侍医も務めた。順当にいけば恐らく「50歳代で東大教授」という医師としてのエリート街道の頂点に向かう道筋だった。

しかし2006年、35歳のときに戦略コンサルティングファームのマッキンゼーに転職。傍らMBA(経営学修士号)や米国公認会計士資格も取得する。異分野への転身ながら相応の成果を上げ、こちらも順当にいけば安定的に数千万円の年収を手にし続けるエリート街道だったと思う。

えげつない言い方をするなら、カネも名誉もいかようにも手に入れられるポジション。けれど武藤氏は、いずれの道からも離れ、小さな在宅医療のクリニックを開業する道を選ぶ。2010年1月、38歳のことだ。

地位やお金で社会は変えられない

「なぜ好んで野に下るのか」。そんな言い方する人は少なくなかったようだ。だが本人はこう切り返す。「地位やお金で社会は変えられない」。

武藤氏が見据えるのは、迫りくる超高齢社会の絵図だ。介護や医療を必要とする人の総数が増え、病院のベッドは溢れる。受給する年金の額は下がり、生活が困窮する人もあるだろう。

家族の絆や地縁が薄まるなか独居の身となれば、ADL(activities of daily living: 日常生活動作)やコミュニケーションの総量は急減し、身体機能や認知機能は加速度的に低下していく。

寝たきりの孤独な生活に、生きることの意味を見出せなくなる人もあるかもしれない。その先に訪れる「孤立死」という社会問題は、若者の未来に対する希望を砕き、この国の将来を更に暗いものにしかねない。

危機感の下敷きとなっているのは、大学病院に勤務していた折、アルバイトで往診した先で見た情景だ。薄暗く、散らかった狭い団地の一室で、ゴミに埋もれ、湿った布団に身を横たえた老人。「この人は家から出ることも、それどころか、布団から出て身支度することも、誰かと話をすることもなく多くの日々を過ごしているのだと思いました」。 

オフィスではマッキンゼー時代のカップを愛用。朝礼では組織の社会的使命を強く説いた経営学者ピーター・ドラッカーの言葉をスタッフと共に読む

身なりを整えてから病院までやってくる患者としか相対したことがなかった武藤氏は少なからぬ衝撃を受ける。それは「医師としての自分にできるのは病気を治療すること"だけ"」という事実への困惑だったのかもしれない。

少子高齢化の進行は、病気を治す"だけ"では患者の幸福に貢献できないという現実をさらに色濃くするだろう。そのとき必要なのは、高度な構想力や問題解決力、自由度高く患者の生活全般に関わる仕組みや実行力。つまり、「地位でもお金でもなく社会を変える力」だ。それは武藤氏にとって、たかだか名刺に1行の肩書きや、たかだか数億、数十億のカネと比較できるものではない。

武藤氏が求めるものは、もっと途方もなく大きなものだ。孤独感や不安に満ちた悲観的な高齢化社会のイメージを、誰もが腹から「長生きをしたい」と願える楽観的な現実社会へと180度転換する力。そのためにコンサルタントに身を転じて課題解決力を磨き、患者の生活に寄り添える在宅医療を志向し、自らクリニックを開設した。

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