「Let it go」の精神で思いっきり力を発揮できる人が増えれば、日本はきっと復活する!

アナと雪の女王』を見てきました。噂に違わぬ素晴らしい映画でした。エルサの歌う「Let it go」も心に響きました。圧倒的な映像美と歌と音楽、観客を飽きさせないテンポの速いストーリー展開などなど、ディズニーの底力を感じました。

王女のエルサは圧倒的な魔法の力を制御できずに持て余していて、自分の力をないものとして隠して生きていました。魔法の力が自分の意に反して妹のアナに及ぶことを恐れたからです。しかし、ある日、エルサは自分の持つ力を自由に発揮するという選択をすることで、心が開放されます。その時の気持ちを高らかに歌いあげたのが「Let it go」という主題歌です。

「あなたがあなたであること」が真面目

「Let it go」---日本語では「ありのままに」と訳されましたね。そのすばらしい歌を聴きながら、私は中国の詩の一節を思い出していました。

「柳緑 花紅 真面目(やなぎはみどり はなはくれない しんめんもく)」

宋代の詩人・蘇東坡が春の景色を詠んだものです。野山に生えている木々や草花がそれぞれの色を持ち、好きなように咲き乱れている。そのようなありのままの姿こそが自然の素晴らしさである、という意味合いです。真面目は「まじめ」だけでなく、「しんめんもく」とも読みます。真の面目。英語にすると"real face"。すなわち、自分らしい真の姿という意味です。

蘇東坡は決して華やかな木々だけを見ていたわけではありません。その眼差しには、人馬に踏まれながらも健気に咲くタンポポの花や、目を凝らさなければ気がつかないような雑草にも向けられています。見た目の華やかさというのは命の価値には関係がないことです。「あなたがあなたであること」が真面目(しんめんもく)なのです。

このように、真面目(まじめ)というのはもともと、その人がその人らしい姿や生き方を貫くことでした。その人なりの原理原則や思いに従うのが真面目です。ワガママとは違います。でも"real face"ということですから、時にはワガママとみられることもあるかもしれません。実際、映画の中では、エルサは世間と断絶して「雪の女王」になってしまいます。

ところが日本ではいつしか真面目(まじめ)の意味が変貌してきました。最近の「真面目」はむしろ本来とは逆の意味合いで使われているような気がします。世間の規範や会社の決まりごとなどに対して、無批判に従う人を「真面目」(まじめ)と使ってはいないでしょうか。エルサのように自分の力を解き放ち、魔法を使いまくっているような人は今の日本では「真面目」とは言われないように思います。むしろ「不真面目」であると思われます。

日本の企業や日本人に活力が失われたように見えるのは、真面目(まじめ)さの悪い面が作用しているのではないかと、私は常々思っています。規則に唯々諾々と従い、前例中心主義で、「本来、私たちはどうあるべきなのか」「私たちが全力を尽くして挑戦すべき未来はどこにあるのか」というような本質的な問いかけをする人が少なくなりました。そういう人は逆に「うざい」と思われてしまいます。

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