大塚英樹が名経営者の極意に迫る 第7回
伊東孝紳(ホンダ社長)
「育てながら勝つために」

『会社の命運はトップの胆力で決まる』(大塚英樹)より

育てる文化と経営効率の追求

伊東孝紳(いとう・たかのぶ) 1953年、静岡県に生まれる。京都大学大学院工学研究科で航空機を専攻。78年、本田技研工業入社。本田技術研究所でボディ設計を中心に「CR-X」「アコード」「NSX」など開発。米国子会社副社長などを経て、2003年、常務兼本田技術研究所社長。09年、本田技研工業社長に。現地での開発体制強化など、グローバル化に邁進する。

「ホンダには創業者のつくった『買って喜び、売って喜び、創って喜ぶ』という“3つの喜び”の文化がある。

われわれには、みんなが一生懸命に創意工夫しながらモノをつくる。それをお客さまが買って、使って、喜ぶ。それを見て『ああ、よかった』と達成感を感じるという文化がある。経営理念です。

そこから外れて、そろばん勘定だけで、他社の製品をOEM(相手先ブランド製造)でもらう戦略などありえない。それをやればホンダでなくなる。ですから、安易に他社と資本提携する考えはありません」

以前、私が「他社との資本提携を否定するのはなぜですか」と訊ねたとき、伊東はこう答えた。

どうすればグローバル競争に勝てるか――。日本の製造業全体に突きつけられた重い課題だ。

特にエレクトロニクス産業などは「良い商品をつくれば売れる」という常識が通用しなくなった。

世の中を変えるほどの革新的商品でなければ競争に勝てない。汎用品の商品で勝利するには、資本効率一辺倒の経営を徹底するしかない。かといって効率一辺倒の経営に走ると、日本企業は日本企業でなくなる。

このジレンマに、日本企業のトップは頭を抱える。

元来、日本企業の強みは人や技術を「育てる文化」にあった。ホンダもその文化を継承し、“独自主義”“自前主義”を貫いてきた。

かつて伊東もこう語っている。

「買収した企業の体質を変えられても、企業文化は変えられない。文化というものは、社員全員が共同作業をしながら醸成していくもの。買って変えることを否定するわけではありませんが、ホンダの文化を育てるのは難しい」

「育てる文化」を持つ企業の強みは、そこから従業員のロイヤルティ(忠誠心)が生まれ、従業員同士の絆が強まり、社員全員が一体感を持つ「企業風土」が生み出されること。

さらに全従業員が育てる喜びを共有することで、社員のモチベーションや士気は高まる。その半面、成果が上がるまで一定の時間を要する。これが弱点だ。

一方、資本効率重視の欧米企業は、人・技術・事業を「選択する文化」。特徴は、成果が速く得られることと、“人に任せること”。日本の企業が小さく生んで大きく育てている間に、市場を奪われるのはそのためだ。日産が中国で日本車No.1になったのは、効率重視のカルロス・ゴーンが提携先の東風汽車に生産を任せているからだ。同様に東風と合弁生産を行っているホンダは、そうはしない。

ホンダが“中小企業文化”にこだわるのは、育てる文化を維持するためだ。日本に1万人を超える事業所はひとつもない。最大規模が鈴鹿製作所で、約7000人。従業員同士の顔が見え、お互い「おい」と言えば、相手が誰かがわかる。

工場を分散化し、多様な文化を受け入れるのもホンダの特徴。工場は1ヵ所に集約せず、埼玉、栃木、浜松、鈴鹿、熊本、また米国でもオハイオ州、アラバマ州と分散化する。1990年代後半、北米で増産計画が浮上した際、工場新設候補地として、オハイオ工場の隣接地とカナダの2ヵ所が挙がったが、後者を選んだのは効率より文化を重視したからだった。

文化重視の極めつけは、車づくりに象徴される。かつて伊東は私に語った。

「本田宗一郎は超プロダクトアウト(企業の意向を重視する)でやってきた。『こうやったらもっと面白い』『人がやってないものをやれ』と。それがホンダの源泉。組織が大きくなると、プロダクトアウトをやるのは難しい。けれども、そういうことをやって成功しなければホンダではなくなる。新しくて面白い技術と製品が現場からどんどん提案されてくる。そんな会社にしたい」

「育てる文化」の経営に、いかに経営効率を求めていくかが今、問われているのである。

『会社の命運はトップの胆力で決まる』
著者:大塚英樹
講談社刊 / 定価:1400
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【著者紹介】
大塚英樹(おおつか・ひでき)
1950年、兵庫県に生まれる。テレビディレクター、ニューヨークの雑誌スタッフライターを経て、1983年に独立してフリーランサーとなる。以来、新聞、週刊・月刊各誌で精力的に執筆活動を行い、逃亡中のグエン・カオ・キ元南ベトナム副大統領など、数々のスクープ・インタビューをものにする。現在は、国際経済を中心に、政治・社会問題などの分野で幅広く活躍する。これまで500人以上の経営者にインタビューし、とくにダイエーの創業者・中内功には1983年の出会いからその死まで密着を続けた。著書には『流通王――中内功とは何者だったのか』『柳井正 未来の歩き方』(以上、講談社)『「距離感」が人を動かす』『続く会社、続かない会社はNo.2で決まる』(以上、講談社+α新書)などがある。
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