「集団的自衛権」新聞世論調査の〝からくり〟と自公与党協議の〝落としどころ〟

集団的自衛権の行使に関する与党協議が始まった。実際、自民と公明の間では、行使容認について意見の隔たりが大きい。

世論も二分されているかのような報道が続いている。5月19日の産経新聞「7割が集団的自衛権を容認」、12日の読売新聞「集団的自衛権、行使容認71%」、19日の毎日新聞「集団的自衛権 憲法解釈変更…反対56%」、4月22日の朝日新聞「今国会で憲法解釈変更『不要』68%」

集団的自衛権行使に積極な二紙では賛成が多く、消極的な二紙では逆に反対が多いという、絵に描いたような世論調査結果だ。もっとも、その理由は明快だ。世論調査の際、集団的自衛権の定義の違いと答えに「最小必要限度」を入れるか、どうかである。

まず、集団的自衛権の定義では、産経・読売では「密接な関係」「反撃」となっているが、毎日・朝日では「同盟」「戦う」と表現が違っている。ただし、「日本への攻撃とみなして」は共通だ。答えに「最小必要限度」を入れるかについては、産経・読売は、「最小必要限度」の限定的な行使を含めているが、毎日・朝日は含めず二者択一だ。

「必要最小限度」を入れるか否かで結果は変わる

集団的自衛権については、そもそも論から考えたほうがいい。4月28日付(→こちら)と先週の本コラム(→こちら)において、国際法では、国家間の個別的・集団的自衛権は国内の個人間の正当防衛と同じで、英語では自衛も正当防衛もともに self defenseということを紹介した。

日本の刑法36条をみれば、「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない」(第1項)と、他人を守ることも含まれており、これは世界共通だ。この「他人」を「他国」と置き換えれば集団的自衛権である。もちろん、個別的・集団的を問わず自衛でも、正当防衛で過剰防衛になっていけなのと同じように、いろいろな制約がある。この意味で、集団的自衛権(もちろん個別的自衛権も)は、「必要最小限度」で限定的なものだ。

こうした国際法の観点から見ると、産経・読売のほうがまともにみえる。毎日・朝日の集団的自衛権は、戦争そのものととらえているのではないか。正当防衛を認めず、人に反撃を加えるだけで、傷害罪・殺人罪を適用するといっているのに等しい。

「統計はウソをつかないが、統計を使う人はウソをつく」という言葉があるが、そのとおりだ。各社の世論調査を虚心坦懐に眺めれば、集団的自衛権の行使について、3割は強い賛成、3割は強い反対で、残り4割はどっちでもない。ところが、正当防衛のように「必要最小限度」が加わると、4割は弱い「賛成」になるのだ。

もちろん、毎日・朝日の立場は、「最小必要限度」なんて政府はあてにできないということだ。たしかに政府はあてにならないので、筆者は国際法の立場を強調している。

国連憲章第51条〔自衛権〕を思い出そう。

この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。

また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。

ここで、集団的自衛権を行使したときは(個別的自衛権であっても)、「直ちに安全保障理事会に報告しなければならない」とある。これは、あてにならない政府を縛るモノだ。

毎日・朝日の立場は、「最小必要限度」なんてありえないというロジックからでてくるが、安倍首相が記者会見で述べた「邦人を乗せた米艦が、第三国から攻撃を受けたとき、日本が反撃する」という具体例からは逃げてしまう。

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