読書人の雑誌『本』より
2014年05月31日(土) 赤坂真理

『愛と暴力の戦後とその後』著:赤坂真理---語られない「戦後」

upperline
愛と暴力の戦後とその後』著:赤坂真理 
価格:840円(税抜) amazonはこちら

何から話していいのかわからない。
愛と暴力の戦後とその後』(講談社現代新書)という本を書いた。その本のために、今、何かを書くことになっているのだが、これが何から書いていいのかさっぱりわからない。

この気持ちは今に始まったことではなく、本を書いているあいだじゅう、ずっとあった。歴史があまりにつながらなくなっていて、何があったのか、戦後でさえわからなくなっていたから。
共有されていることがないので、何を言うにも、全部を言わなければならなくなってしまう。
いやだからこそ、研究者でもない私が、歴史などに踏み込んでみようと、無謀にも思ったのだろう。
私はきっとヘンにチャレンジャーな性格なのだろう。「わからない」ということこそが、一般的日本人であるとどこかで直感したからこそ、不勉強のそしりは覚悟しながらも、その立場から問いを立てることは、有効であるように思えた。自明に見えすぎて研究者が問わないことを、問うことで日本人の深層が出てくるような気がしたのである。

果たして――私が直面したのは、それよりずっと根の深いことであったように思う。
たとえば。憲法議論が今さかんであるけれど、ひとつ、質問をしてみたい。

Q 憲法の「憲」が、どういう意味か、あなたは言えますか?(自問してみて、私はわかりませんでした)

私は、周囲の20人くらいに質問してみたけれど、その段階で、「憲」の字の意味を言えた人はいなかった。みんなそれぞれ知的な人だ。けれど言えなかった、というより、知らなかった。

A 憲法の憲は、「おきて」という意味。だから、「憲」も「法」も、両方同じような意味を重ねた言葉。

驚いてしまった。
「憲法」はConstitutionの訳語と言われているけれど、Constitutionが表すような「国家を規定する(一般法規より上位の)法」とか「国家権力を規制するための法」というような意味はないし、それがないことを、日本の一般的な人々が(私も含めて。私は法学部政治学科の出身だし、法律学科の大学院で憲法を研究した友達も質問した中にいた)、知りもしない。

次ページ だったら、私たちがする「憲法」…
1 2 3 次へ

このエントリーをはてなブックマークに追加 RSS
関連記事


underline
アクセスランキング
1時間
24時間
トレンドウォッチ
編集部お薦め記事