読書人の雑誌『本』
『球童 伊良部秀輝伝』著:田崎健太---大きな軀をした子ども
球童 伊良部秀輝伝』著:田崎健太
価格:1600円(税抜) amazonはこちら

伊良部秀輝と初めて会ったのは、今から約3年前の2011年5月のことだった。

初めて彼の姿を見たとき、想像していた人間と違うと思った。
顔は青白く、190センチを超える大きな軀を持てあますように背中を丸めていた。人見知りをするのか、目を合わさず、最初はぽつりぽつりとしか話さなかった。ただ、投球術に話が及ぶと饒舌になった。

「速い球を投げるよりも出所を見せない方が大事なんです」

座ったまま右腕を振って、投球の勘所について詳しく教えてくれた。その姿を見て、この人は球を投げることが本当に好きなのだなと感じた。その夜、ぼくたちはロサンゼルスのトーランス地区にある天ぷら屋で4時間近く、話し込むことになった。

翌日は、昼前からビーチに出かけて撮影をすることになっていた。空き時間に雑談をすると、しきりに「田崎さんはやりたいことが沢山あっていいですね」と言った。
ぼくはその意味が分からなかった。彼は現役時代に総額何十億もの年俸を稼いでいた。現役引退後は、気楽に悠々自適の生活を送っていると思い込んでいたのだ。

2日間、一緒に過ごしたことで、少しは親しくなった気がしていた。別れ際、またロサンゼルスに来るときには話を聞かせてくださいねと約束して別れた。
しかし、約束は果たされなかった。このインタビューから約2ヵ月後、彼は自ら命を絶ったのだ。

当初、彼について書く気はなかった。自殺をした人間を調べることは気が重い。そして、伊良部の言葉にはかなり噓が混じっていた。彼を書くとなると、大変なことになるだろうと予想できた。

例えば――。

当時、彼が所属していた千葉ロッテマリーンズと大騒動になってまで彼がメジャーリーグ行きにこだわったのは、アメリカにいる本当の父親を探すためだったと言われていた。ぼくの取材でそのことを聞くと、「誰がそんなことを言ったんですか? 全くの出鱈目です」と語気を荒らげた。そして「ぼくはアメリカに行くまで自分の父親がアメリカ人だということを知らなかったんです」と付け加えた。