読書人の雑誌『本』
『天体衝突 斉一説から激変説へ 地球、生命、文明史』著:松井孝典---天体衝突は杞憂か
天体衝突』著者:松井孝典
価格:980円(税抜)Amazonはこちら

かつて中国に杞という国があった。周代の諸侯国の一つである。杞憂とは、その国の人が、天地が崩れて落ちるのを憂えた、という故事に基づく言葉である。列子という戦国時代の人の言葉と伝えられる。その意味するところは、将来のことについてあれこれ無用の心配をする、ということである。

これと似た話はイギリスの童話にもある。チキンリトルという動物の話である。頭にどんぐりが落ちてきたのを誤解して、「天が落ちる、天が落ちる」と叫んで駆け回ったという話である。

これらの話の前提とするところは、天地が崩れるなどということは、ありえない、ということである。ありえないことを憂えるということは、ばかばかしい、ということになる。天地が崩れるという現象を、今風に考えれば、天体衝突である。天体衝突という現象が、文明に影響を及ぼすような自然災害の一つだと思っている人はほとんどいないだろう。したがって、杞憂は、一般の人々の間では、今でも意味をもつ言葉である。

しかし、1970年代以降、地球史や生命史の研究者の間では、杞憂はそれまでの意味を失った。地球史や生命史が、天体衝突という、まさに天地が一瞬にして崩れる自然現象に彩られていることが明らかにされたからである。月が原始地球へのジャイアント・インパクトの結果生まれたとか、後期重爆撃期と呼ばれる直径100㎞近い天体の激しい衝突の時期が40億年くらい前まで続いたとか、今から6550万年前の恐竜をはじめとする生物の大絶滅は直径10㎞ほどの小惑星の衝突によるとか、の事実が明らかにされている。

文明に関しては今もって「杞憂」は、杞憂かもしれない。地球史や生命史における、上のような事実は知られていないからである。しかし、2013年2月15日のチェリャビンスク火球を契機に、「杞憂」が杞憂ではないと感じる人たちも増えている。実際、1908年6月30日に、シベリア・ツングースカで起きた火球の爆発が、東京など大都会の上空で起きるとすれば、1000万人を超える死傷者が出てもおかしくはない。それは単にこれまでの文明史で、そのような被害が報告されていないというだけのことで、天体衝突が現在の人間圏に起これば、それは文明の存亡にかかわる大変な被害をもたらす現象なのである。このたび、これらのことに関し、講談社ブルーバックスより『天体衝突』を上梓した。

なお、ツングースカ爆発というのは、60m位の大きさの小惑星が超高速で大気圏に突入し、大気中で爆発した現象である。その爆発のエネルギーはTNT火薬換算で、少なくとも5~15メガトンと推定されている。