社長の風景

海洋堂 宮脇修一社長「ウケるかどうか考えずに、好きなことを続けてきた。チョコエッグがヒットしたのも、その結果でしょう」

2014年05月22日(木) 夏目幸明
週刊現代
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日本にフィギュアブームを巻き起こした海洋堂。'99年におまけつきチョコ『チョコエッグ』のフィギュアを制作、サルやリスなどをモデルにし、触らなければわからないほど微妙な背骨の凹凸にまでこだわって話題を呼んだ。

その後、大英博物館にも商品を納めるほどの有名企業になった同社。社長は、破天荒な父から事業を引き継いだ宮脇修一氏(56歳)だ。


海底軍

ウケるかどうか考えずに、好きなことを続けてきた。チョコエッグがヒットしたのも、その結果でしょう。みやわき・しゅういち/'57年、大阪府生まれ。模型販売店「海洋堂」の店番を少年期より務め、守口市立第三中学校卒業後、就職。'85年に株式会社化に伴い専務に就任し、'05年より現職。高い造形力を持つ集団を率い、美少女、ロボット、恐竜、仏像まで様々なフィギュアをリリースし、世界的な評価を受ける。海洋堂のwebサイトはこちら

思い入れのある商品がたくさんありすぎて・・・・・・たとえば「風の谷のナウシカ」のフィギュアを初めてつくったのは弊社ですし、関節が動く「アクションフィギュア」のはしりとなった「北斗の拳」のフィギュアや、初めて版権をとった「海底軍艦 轟天号」などなど、話すと長くなります(笑)。

本物

最近、弊社を「クールジャパン」(アキバ系など日本独自の文化の輸出政策)の象徴のように言ってくださる方もいますが、ボクらは立派なものをつくっているつもりはない。

たとえばボーメ(美少女フィギュアの世界的アーティスト。子供のころ海洋堂に入り浸っていた)かて、いい歳してフィギュアをつくっていることを長年家族に黙ってたし、私も、彼らがつくるもんをメーカーとタイアップして売れないかと企業を訪ねると、たいてい「夢のあるお仕事ですねぇ」と哀れむような目で見られてきた(笑)。でも、これでいい。自分で「オレはアーティストや」なんて言ってるヤツはたいていニセモンやから。

 

ヒット

鳥肌 海洋堂が誇る原型師たち。宮脇氏の父は「不器用なやつが長い間好きなことを続けると鳥肌が立つもんをつくりよる」と語る。後列右から2人目が宮脇氏

なぜチョコエッグがヒットしたかと言えば、弊社の原型師(フィギュアの原型をつくる人)が、盆も正月もなく好きなことを続けてきた蓄積があったからでしょう。何がウケるかなんてわかりません。だから、ウケるかどうかなんて考えず、好きなことを一年365日続ければいい。ただ、それだといつウケるかもわからないですが(笑)。

弊社が有名になったあと、金儲けを考えた人が弊社を買収しようとしたこともありましたが「この会社は本当にフィギュアが好きでなかったら無理や」と撤退していきましたよ(笑)。

大借金

父はメチャクチャな男で、たとえば(ミニチュアの車を走らせる)スロットレースが流行ったときは「コースをつくるなら世界一でなかったらアカン!」と180mもあるコースをつくったりする。デカすぎて反対側が見えずお客さんが去ってゆき、大借金をこしらえましたよ。その後も「オマエの名義で借金して山買うたで!」と、山奥にフィギュアの博物館をつくったり・・・・・・。でも、何が流行るかわからんから、何でも力一杯やらな、いう考えはわかります。

私もよく「マーケティングなんてクソくらえ」言うてます。父は今でも尋常でなく元気で、私によく「借金いっぱい残したるからな」と言うて遊んでます(笑)。

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