経済の死角

大塚英樹が名経営者の極意に迫る 第5回
松尾憲治(明治安田生命前社長、特別顧問)
「成功確率50%の目標を設定する」

『会社の命運はトップの胆力で決まる』(大塚英樹)より

2014年05月25日(日) 大塚英樹
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トップの最大の仕事は目標を与えること

松尾憲治(まつお・けんじ) 1949年、福岡県に生まれる。神戸大学経済学部卒業後、73年、明治生命保険相互会社入社。長野支社長、不動産部長をなどを経て、2005年常務、同年代表取締役社長。2013年社長退任、特別顧問に。保険金不払い発覚後、「すべてを変える」と宣言、改革を続けた。

変革の時代の今、トップの最も大事な仕事は、目標を与えることだ。目標を間違えないためには、現場感覚のあることが必要である。高度成長時代なら、トップが明確な方向性を示さなくても、そう大きな間違いはなく、だいたいがうまい事業に仕上がっていた。

しかし、神輿に乗る経営スタイルは、今の時代に通用しない。自分の目で見、自分の耳で聞き、自分の頭で考え、自分の言葉で語るトップが求められている。

松尾はそんな経営者の一人だ。

松尾は、愚直に自分の理念やビジョンを自分の言葉で粘り強く、繰り返し語り続けている。生の情報を肌で感じ取る現場感覚に裏打ちされたものであるだけに、確信を持っている。

現場感覚は、想い⇒論理思考によっていっそう磨きがかかる。経験や実績や年数でないことは、1973年の入社以来、南福岡営業所時代の3年間と長野支社時代の4年間しか現場経験のない松尾が実証している。本社の有価証券、企画、不動産に携わってきたが、特徴は合計10年間以上企画部に所属、活躍してきたことだ。

注目すべきは、短期間で現場の共通課題を発見し、現場視点から生保経営のあり方を考察し、支社経営の根本問題を提起したことだ。特に企画課長後に赴任した長野支社での“支社経営”の経験が大きな財産となった。

支社経営で最も大事なのは、営業職員のモチベーションであることは頭の中では理解していた。営業職員にやる気を起こさせるために、ビジョンを掲げ、実行につながるように指示を出した。

しかし、業績は上向かなかった。

松尾は考え抜き、原因を突き止めた。

ひとつ目は営業職員との対話不足だった。常時部下と一緒にいる本社の職場と違い、支社では外回り中心の営業職員と話す機会が限られていた。松尾は対話時間の確保に努めた。

2つ目は“上から目線”で営業職員に指示していたこと。
  
「それでは営業職員の心に響きません。心が通わない。自分の掲げる理想と現実とのギャップが大きくなっていくような感じがしました。そこで私は、上から目線ではなく、自らが営業職員のところまで降りていって一緒に上がっていこうと考え直した」
  
さらに話し方も、(1)具体例を交えながら話す、(2)難しいことをやさしく話すなど、「わかりやすく話す」ことに努めた。

松尾が当時の生保経営に疑問を感じたのは、“職人芸的拠点長”に任せっ放しの支社政策だった。本社は言葉では「自主経営」と言っていたが、実態は目標数値を設定するだけの「お任せ経営」で、サービス品質の画一化や、顧客満足度の向上など、全社的な改善活動に取り組もうとはしなかった。

松尾が述懐する。

「目指すものは数字だけ。サービスの品質も、人材の育成も、支社によってバラバラ。数字も少数の職人芸的営業職員に頼っていました」

さらに問題視したのは、達成不可能な目標設定だった。

「モチベーションの研究結果によると、目標設定は達成の確率が50%ぐらいが一番いい。簡単に達成できる数字でも、とてつもなく高い数字でも意欲が湧かない。よく志は高くといわれますが、目標と志は違うと思います。目標数字は、努力すれば達成できる、という数字でなければなりません」

松尾の長野支社長時代(1996~2000年)は、生産年齢人口が減少し始め、日産生命が経営破綻するなど、生保業界にとって厳しい時代だった。それだけに、目標数字をまともに受け止めていた支社長は誰もいなかった。

「支社長が集まって交わす会話は、相対的な支社の契約高の順番ばかりでした」

支社長時代、松尾は一度だけ前年プラス達成を実現している。全国約100支社中、わずか2支社のうちの1支社となったのだ。強い想い⇒論理思考の成果である。

『会社の命運はトップの胆力で決まる』
著者:大塚英樹
講談社刊 / 定価:1400
円(税抜)
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【著者紹介】
大塚英樹(おおつか・ひでき)
1950年、兵庫県に生まれる。テレビディレクター、ニューヨークの雑誌スタッフライターを経て、1983年に独立してフリーランサーとなる。以来、新聞、週刊・月刊各誌で精力的に執筆活動を行い、逃亡中のグエン・カオ・キ元南ベトナム副大統領など、数々のスクープ・インタビューをものにする。現在は、国際経済を中心に、政治・社会問題などの分野で幅広く活躍する。これまで500人以上の経営者にインタビューし、とくにダイエーの創業者・中内功には1983年の出会いからその死まで密着を続けた。著書には『流通王――中内功とは何者だったのか』『柳井正 未来の歩き方』(以上、講談社)『「距離感」が人を動かす』『続く会社、続かない会社はNo.2で決まる』(以上、講談社+α新書)などがある。

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