永田町ディープスロート

田原総一朗×郷原信郎【第二回】「司法メディアと特捜部のもたれ合いが『大疑獄』をつくりあげてきた」

WOWOW連続ドラマW「トクソウ」放送記念対談

2014年05月12日(月)
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[左から] 郷原信郎氏、田原総一朗氏、サンキュータツオ氏

⇒【第1回】はこちらからご覧ください。

リクルート事件で検察は正義になった!?

田原: 郷原さんが特捜部にいたのが1993年、その少し前の1989年くらいからリクルート事件というのがあったんですね。これが自民党を無茶苦茶にするんだけれども、リクルート事件(※)は今振り返るとどういう事件だったんですか?

郷原: やはり、新規公開株の割り当ての制度自体にいろいろな歪みがあったんだろうと思うんですね。

田原: あの頃は、新しい株を上場するときに、事前に社会的信用のある人に買ってもらうというのは当たり前だったんでしょう?

郷原: 当時は、有力な人、政治家に対しても財界人に対しても割り当てるということが当たり前に行われていたんだと思います。

田原: そういう当たり前のことをリクルートの江副浩正さんがやったら、それが犯罪だということになっちゃったわけですね。

郷原: それに火を点けたのは大手新聞だったと思います。そして新聞によって「リクルートはけしからん」とか、「リクルートから新規公開株の割り当てを受けた政治家はけしからん」という世論が作られていくなかで、検察がまさにそれに乗っかるような形になったわけですね。

田原: それで、捜査の手が森喜朗さんから宮澤喜一さん、加藤紘一さん、藤波孝生さん、最後は中曽根康弘さんに至ろうとするところまでいったというわけですね。

郷原: それが最終的には大きな疑獄事件ということになっていくわけですね。ただ、それは特捜と司法メディアのそういう関係があったから、あそこまでの事件になったと思います。

(※)1988年に発覚した日本の贈収賄事件。リクルートの関連会社であり、未上場の不動産会社、リクルートコスモス社の未公開株が上に名前の挙がった自民党有力者はじめ多くの政治家に譲渡された。贈賄側のリクルート社関係者と、収賄側の政治家や官僚らが逮捕され、政界・官界・マスコミを揺るがした。
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