常見陽平「若者に、『頑張れ』と言いっぱなしをする社会は、そろそろやめにしよう」【第2回】
『「できる人」という幻想 4つの強迫観念を乗り越える』より

【第1回】はこちらをご覧ください。

自粛とバブルの最中で

1989年の1月7日に昭和天皇が崩御し、1月8日より平成という時代が始まった。その前年から天皇陛下の容態は良くなく、自粛モードが続いていた。

2010年代のいまから振り返るならば、この時期は「バブル期」とくくられる。だが、当時、バブルという言葉はなかった。バブルなる言葉は、もっぱらあとから振り返られる時期になって使われたと言われる。この言葉が一般に使われ始めたのは1990年頃からで、株価や地価が伸び悩むようになり、「あれはバブルだったのではないか?」と振り返られ始めた、というのが実態である。

「バブル期とはいつか?」この議論は、時に噛み合わなくなってしまう。その理由としては、記憶がウソをついてしまっていること、経済指標が多様で庶民が体感する豊かさとの間にズレがあることなどが考えられる。

たとえば、バブルを象徴する光景として、ジュリアナ東京のお立ち台の上で、ワンレンボディコン姿の女性たちが、扇子をふって踊る映像や写真がよく紹介される。しかし、実際に同所がオープンしたのは、1991年5月のことである。バブル経済が崩壊したのは一九九一年の初めとされるから、バブルの象徴とは言えまい。もちろん、同所が一定の成功をおさめたのは事実であるが。

「バブル世代」と呼ばれる人たちと会話をしていても、予想していたような、いかにもバブル風の話が聞けないことがよくある。その理由の1つは、当時の就職状況にあると言えそうだ。もともと、求人数は景気の遅行指標である。つまり、他の指標と比較してやや遅れて回復するのだ。

1993年11月、経済企画庁は、「平成景気」は1986年12月に始まり、1991年4月に終わり、以降は景気後退に転じたと発表している。だが、新卒の求人倍率の推移を見ると、この期間の中でもメリハリがあることがよくわかる。

リクルートワークス研究所が発表している大卒求人倍率調査(図表1-1)を見ると、1987年卒から1991年卒にかけて、求人倍率は右肩上がりで上昇しており、1991年卒においては実に2.86倍にまで達している。1987年卒も2.34倍と高い数字を記録しているが、その後も上がり続けているのである。

「できる人」という幻想 4つの強迫観念を乗り越える
著者=常見陽平
NHK出版 / 定価799円(税込み)

◎内容紹介◎

コミュニケーション能力を磨き、即戦力としてグローバルに活躍し、会社が頼りないなら起業しろ---。いったい、日本はいつまで「できる人」という幻想を追い求めるつもりなのか? 雇用や労働の常識を問い直し、日本のビジネスパーソンを強迫し続ける幻想の正体に迫る。若者よ、「できる人」を目指すな! 社会よ、若者の可能性にかけるな!

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