NGOユイマール代表 照屋朋子【第1回】「マンホールチルドレンを知っていますか?」モンゴルの街中より

マンホールチルドレンと筆者(当時20歳)
照屋朋子(てるや・ともこ)
沖縄県出身。早稲田大学法学部、上智大学法科大学院卒業。法務博士。高校からボランティア活動を開始し、大学時代に単身モンゴルへ。2007年にNGOを設立し、孤児院と連携して子ども達の自立支援を行う。開発コンサルティング会社にて、JICA中国企業法・経済法整備支援プロジェクトを担当し、NGO設立6年間は、プロボノとして活動を続けた後、2012年よりNGO専従となる。2011 年、世界経済フォーラム(ダボス会議)が選出する若手リーダーGlobal Shapres 30 人に選出。

「モンゴル」というと多くの人が青々とした大草原を思い浮かべると思いますが、真冬には-30℃まで下がる極寒の地。

そのモンゴルの街中で、行き場を失った子ども達が"住みか"として見つけたのは「マンホール」でした。マンホールは、雨風雪を凌げるだけでなく、工場や公共施設、住宅などに温水を供給する土管から暖をとることが出来るからです。マンホールでの暮らしは寒さは和らぐものの、ネズミやゴキブリ、寄生虫などが集まり、常に感染症や皮膚病の脅威にさらされている不衛生で危険な環境。そこに暮らす彼らは「マンホールチルドレン」と呼ばれています。

マンホールチルドレン

マンホールチルドレンたちは、学校に通っておらず、3~5人のグループを組んでその日暮らしをしています。5〜10歳の体格が小さい子どもがいるグループは、小さい子に物乞いをさせたり、歌を歌ってお金を稼がせ、10歳〜18歳で構成されたグループは、市場でのモノ運び、車拭き、ガム売りなど単発の仕事を探して生活の糧にします。1日の収入を皆で分け合って食料を買うのです。女の子は仕事に就くのが難しいため、レストランやホテルのゴミ箱から食べられそうなものを拾ったり、外国NGOのお弁当の配給を頼りに生活しています。

子どもたちがマンホールで生活している理由は様々ですが、親が病気で亡くなったり、貧しさゆえに親に捨てられたり、アルコール中毒の親の虐待に耐えられず逃げ出したり、モンゴルの社会状況と結びついています。1927年から約70年間社会主義国だったモンゴルは、ソ連から資金援助と技術協力を受けていましたが、1991年のソ連崩壊によって、経済支援は途絶え、モンゴル経済は壊滅的状況に。そこで真っ先に削られたのが、社会福祉。失業率も60%となり、アルコール中毒、子どもへの虐待が社会問題化しました。

私がそのマンホールチルドレンを知ったのは16歳のとき。友達についていった地域国際交流クラブでその存在を知り、強い衝撃を受けたのです。その後、大学2年時にモンゴルを訪れます。そこで出会ったのは、たくましくて優しい、生きることに一生懸命な少年たちでした。彼らと出会って「かわいそう」「悲惨だ」---そう思っていた私の考えは変わりました。

寝るときは土管にしがみついて暖をとるマンホールチルドレン