日中関係改善の第一歩を踏むことができた、東京-北京間の都市外交
北京市長と 〔PHOTO〕gettyimages

4月24日から26日まで、北京を公式訪問した。北京市長の招待で東京都知事が友好都市である北京に行くのは、実に18年ぶりである。つまり、過去18年間、異常な事態が続いていたのである。結果的に言えば、今回の私の公式訪問で、この異常事態は終わった。中国と日本の首都間の交流に、新たな一歩が踏まれたことは確実である。

都知事選挙戦で、私は都市外交の推進を公約に掲げたが、まずは、友好都市でありながら、東京—北京間で首脳同士の交流がない状況を改善することが最重要課題だと考えていた。そこで、予算を成立させた後、直ちに北京訪問の準備を開始したのである。外交や防衛は国の専管事項であるが、都市外交もまた国益を増進するものなので、安倍首相とも連携をとりながら訪中の準備を進めた。

厳しい会談後は、晩餐会で昔話に花が咲いた

公式の招待状が東京都に到着したのは、15日(火)のお昼頃であり、15時には記者会見を開き、公表した。出発まで10日しかない短期間に、北京市と東京都の事務方で緊密に連絡をとりあって、北京での行事を確定していった。北京市長との会談以外の予定、とくに中国政府要人との会見は調整に手間取った。 

24日、早朝に羽田空港を出発して、お昼に北京空港に到着した。昼食後、まずは首都博物館を訪ねた。古代から現代まで、首都北京の歴史が分かるように、出土品など、様々な展示物が置かれたコーナーを館長の案内で見て回った。この予定は、夕方の会見まで時間があることが分かって、急遽入れてもらったのであるが、歴史マニアの私には嬉しい視察であった。

館長や学芸員との歴史談義は面白く、とくに中世史、近世史の分野では、宋の王安石の改革などにも話題が至って、時間の経つのも忘れたくらいであった。この視察の模様は、中国のテレビで広く放映されたそうで、後に分かったことであるが、私が中国史に精通しているということで一気に中国人の間で評価が高まったという。何が幸いするか分からない。

夕方6時から、釣魚台で、元外相の唐家璇中日友好協会会長と2時間にわたって会談した。

唐家璇氏は、「日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明」(1972年)、「日本国と中華人民共和国との間の平和条約」(1978年)、「平和と発展のための友好協力パートナーシップの構築に関する日中共同宣言」(1998年)、「『戦略的互恵関係』の包括的推進に関する日中共同声明」(2008年)を引用しながら、今の日中関係がこれら文書の精神からいかにかけ離れたものになっているか、そしてその責任は日本の政治家にあると指摘した。氏は、一年前に会談した際にも、同様な認識を示した。その文脈で、靖国参拝問題などを念頭に、安倍政権に対して厳しい評価を下した。

私は、安倍総理が真摯に日中関係を改善しようとしており、私の訪中を全面的に支援していることを伝えた。会談が異例の2時間に及び、その分、晩餐会の時間が短縮されることになってしまった。グルメの私にとっては、最高級の釣魚台公式晩餐会の食事を十分に堪能できなかったことが残念であった。しかし、厳しい会談後は、昔話に花が咲くなど、楽しい雰囲気で杯を上げたものである。

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