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[裏方NAVI]
田中礼人(卓球男子日本代表フィジカルコーチ)<後編>「塩野、松平が示すフィジカル強化の重要性」

2014年04月29日(火) スポーツコミュニケーションズ

 日本男子卓球界で昨年、最も飛躍した選手が2人いる。27歳の塩野真人と、次期エースの呼び声高い23歳の松平健太である。特に周囲を驚かせたのは、塩野である。それまで全日本選手権でのベスト16が最高成績だった塩野は、国際大会では1勝も挙げていなかった。そんな塩野が、昨年はワールドツアーで2勝を挙げる活躍を見せた。188位だった世界ランキングは、今や26位にまで上がっている(4月4日現在)。この塩野の快進撃の要因を語るのに、欠かすことのできない人物がいる。2010年から卓球男子日本代表のフィジカルコーチを務める田中礼人だ。

“遅咲きのカットマン”塩野の意識変化

「トレーニングを重ねて、本物の選手になってきましたね。フィジカルな部分を鍛えることによって、成績が上がってきた最も顕著な例です」と宮﨑義仁前監督(現「2020ターゲットエイジ育成・強化プロジェクト(タレント発掘・育成コンソーシアム)」コーディネーター)が言えば、コーチ時代から彼を見ている現監督の倉嶋洋介は「田中トレーナーは、弱音を吐く選手にもトレーニングの重要性や効果を説明して、粘り強くやらせようとする。その効果が最も表れているひとりが、塩野だと思います」と語る。それほど塩野の変化、そして成長には目を見張るものがあった。

 待望のワールドツアー初勝利を挙げたのは、6月のジャパンオープン萩村杯。シングルスに出場した塩野は、1回戦を世界ランキング6位の荘智淵(台湾)に勝利すると、2回戦では松平、準々決勝では丹羽孝希と、現在最も勢いのある若手2人を撃破。準決勝では日本のエース水谷隼を破った世界ランキング26位の陳建安(台湾)に勝利した。そして決勝では、12年世界ジュニア選手権金メダリストの徐晨皓(中国)にストレート勝ち。次々と格上の相手を破り、初優勝を果たした。さらにその2カ月後にはチェコオープンでも優勝。早くもツアー2勝目を挙げ、世界ランキングを一気に52位まで上げた。

それは12年までの塩野には、想像すらできない姿であった。果たして、何が塩野を変えたのか――。

 田中が就任した当初、塩野は代表に入ったり、入らなかったりという選手だった。
「正直言って、世界を目指しているという気持ちは見えてきませんでした」
 そう田中が厳しい口調になるのも、当然だった。塩野は大の甘いもの好き。加えて油ものやお酒も大好きだった。しかし、アスリートならそれらを「控える」ことは、今や常識と言っても過言ではない。ところが、塩野にそうした意識はほとんど見られなかった。体脂肪率は、およそアスリートとは思えない数字だったという。

「もちろん、脂肪はエネルギーになるので、まったく不要なものではありません。競技によってはあったほうがいいものもある。でも、瞬発的な動きを繰り返す卓球では、ほとんど無駄な重りにしかならない。やはり脂肪は少ない方がいい。一昨年の塩野の体脂肪率は、僕から言わせたらアスリートとしてあり得ない数字だったんです」

 田中は幾度となく、塩野に助言を行なった。時には「このまま終わってしまうのか?」という厳しい言葉を投げかけたこともあったという。それは、塩野に伸びしろを感じていたからに他ならない。「きちんとフィジカルを鍛えれば、まだまだレベルアップできるのに……」。そんな気持ちがあったからこそ、田中は何度も塩野に食事面でのアドバイスや、フィジカルトレーニングの重要性を説き続けたのだ。

 代表合宿に参加するたびに、田中から助言をもらうことで、塩野の意識は徐々に変化していった。食事面では油ものや甘いものを控えるようになり、それまでほとんどしていなかったフィジカルトレーニングも積極的に行うようになっていった。無駄な脂肪がとれていき、体脂肪率はアスリートの標準並みまで落ちた。必要な筋量を残しつつ、体重の減量にも成功した。その結果、以前はよく訴えていた腰の痛みも、今ではまったく言わなくなったという。

「塩野は、相手からの打球をバックスピンなどをかけて返す、いわゆる“カットマン”なんです。カットマンは卓球台から離れて打つので、左右前後に大きく動かなければなりません。だから他のスタイルの選手よりも、体力が必要となる。それなのに脂肪が多いと機敏な動きもできませんし、すぐにバテてしまう。もちろん、ケガの原因にもなります。でも、体を絞った今は、動きにキレが出てきましたね。打球への一歩目が速いので、守備範囲が広がったと思うんです。腰の痛みもないようですし、実力を発揮できる身体になったことで、結果にも結びついているのだと思います」

 意識変化によって、肉体改造に成功した塩野は、28日に開幕した「JA全農2014世界卓球団体選手権東京大会」にも初選出されている。唯一の“カットマン”として、活躍が期待される。

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