常見陽平「若者に、『頑張れ』と言いっぱなしをする社会は、そろそろやめにしよう」【第3回】
『「できる人」という幻想 4つの強迫観念を乗り越える』より

【第2回】はこちらをご覧ください。

バブル崩壊後、社長は何を語りかけたか

バブルが崩壊してしばらくは、強いメッセージが目立つようになる。

平成4(1992)年の記事は、「この日株価が急落して1万9千円を割ったこともあって入社式に臨む新入社員には張りつめた表情が目立った」と伝えている。だが、2010年代を生きる私たちの目には、むしろ新鮮に映るだろう。というのも、「株価が急落して1万9千円を割った」とあるが、2014年のいまから考えると、いささか奇妙に感じてしまうからだ。そう、日経平均は「急落」したとはいえ、まだ1万9000円前後もあったのだ。

その後、日経平均は回復傾向を見せ、1995年の大納会においては、1万9868円15銭となっているが、下落の道を歩んでいく。1999年の大納会で1万8934円34銭をつけると、2003年には7000円台にまで落ち込んだ。2000年代後半には一時回復を見せたが、1万9000円をつけたことはない。

2012年に自民党が衆議院選で勝利し、いわゆる「アベノミクス」が実行されたあとでも、日経平均は1万7000円を超えたことはない。平成四年の入社式を報じた当時は、バブル崩壊の危機感を覚えつつも、まだ「今後は回復する」という淡い期待を抱いていたのではないだろうか。

当時の証券業界は、損失補てん問題や「飛ばし」トラブルによる社長交代で、大きく揺れていた。だが、大和証券の入社式を報じる記事では、一連の不祥事には特にふれずに「社会に貢献しているという自信と使命感を持って仕事に取り組んでほしい。信用を第一に考える人間になっていただきたい」と社長が語ったと報じられている。「社会的責任」というメッセージは、バブル崩壊後に目立ったキーワードの1つと言える。

記事の見出しは「低迷期は活躍の場」というものであった。これは、大和証券に入社した24歳男子社員のコメントである。まるで社長のコメントであるかのように、意識が高いではないか。だが、同社の低迷はこの後も続いた。彼に活躍の場はあったのだろうか。

翌平成5(1993)年の記事でも、当時含み損を抱えていた昭和シェル石油、座間工場閉鎖などのリストラ策を打ち出した日産自動車、事実上の指名解雇を行ったパイオニアなど、不況を映しだした社長訓示が紹介されている。厳しさを伝えることによって、新入社員を叱咤激励し意識改革を促すようでいて、実のところは社長自身や他の従業員に語りかけている。そう思えるような内容である。

「できる人」という幻想 4つの強迫観念を乗り越える
著者=常見陽平
NHK出版 / 定価799円(税込み)

◎内容紹介◎

コミュニケーション能力を磨き、即戦力としてグローバルに活躍し、会社が頼りないなら起業しろ---。いったい、日本はいつまで「できる人」という幻想を追い求めるつもりなのか? 雇用や労働の常識を問い直し、日本のビジネスパーソンを強迫し続ける幻想の正体に迫る。若者よ、「できる人」を目指すな! 社会よ、若者の可能性にかけるな!

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