『寄生虫なき病』 - 黒の過剰か、白の不足か

レビュー:内藤 順

花粉症、喘息、アレルギー、自己免疫疾患、現代に生きる我々を脅かす数々の病。これらを解決する鍵は寄生虫にあった! しかもその原因は、特定の寄生虫の「存在」が引き起こしているのではなく、「不在」によって引き起こされていたのだという。

表紙のアメリカ鉤虫のカバー写真に首根っこをつかまれ、膨大な資料に基づいた「寄生虫視点による世界史」の筆致に目を見開かされ、最後はアメリカ鉤虫を体内に取り込む著者自身の人体実験によって、ノックアウトされる。本書は、そんな濃厚で濃密なパッケージの一冊である。

「不在」の病、その存在への気付きは、著者がボリビアのアマゾン地域に住むチマネ族の元を訪れたことから始まる。今でも石器時代のようなライフスタイルを送るチマネ族の人々。彼らは様々な感染症に罹っている一方で、自己免疫疾患の有病率はニューヨークに比べて遥かに低かったのだ。

著者は、自身がアレルギー疾患と自己免疫疾患の両方を持つ人物。この経験から、「不潔な環境で生活している人たちの方が、アレルギー疾患や自己免疫疾患のリスクが低いのではないか」という仮説が立ったわけである。

かつて存在しなかった免疫系の脅威が続々と誕生してきた背景には、一体何があったのか? 長い歴史を振り返ると、産業革命、そしてそれを解決するための衛生改革という明確なターニングポイントが見つかる。コレラ、マラリアといった伝染病の根絶と、まさにトレードオフをするよう関係で、自己免疫疾患が急増するようになったのだ。

この寄生虫と免疫系の長きに渡る戦いは、思い込みや勘違い、そして清潔さという幻想を追い求めた人類の歴史でもある。19世紀半ばのアメリカでは白い制服の清掃作業員2000人の軍団が、ニューヨーク市の美化に努め、伝染病対策に一役買った。だがその衛生改革は、古代ギリシャに起源を持つ「病気の原因はしょう気である」という考え方を拠り所としていたのだという。

その後主流となったアプローチは、「特定の微生物が特定の病気を引き起こす」いう微生物病原説である。この方法は、本質的に還元的なアプローチであり、科学者たちは常にある一つの生成物質を分離し、ある一つの結果を実験で再現し、その研究を元にワクチンや抗生物質を作ってきた。

たしかに、このように寄生虫・微生物と免疫系における関係を、矛と盾に見立てて追求する手法は、感染症撲滅に一定の成果を上げてきた。しかし現在、我々の身近なところで、その関係とは矛盾するような結果が散見されていることもまた事実なのである。