読書人の雑誌『本』
『逆算式勉強法なら偏差値40でも医学部に入れます』著・松原好之---一九八六年の“仮定法過去完了形”
逆算式勉強法なら偏差値40でも医学部に入れます』 著・松原好之
定価:1300円(税抜)
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春先まで雪をかぶっていた裸の樹木が一斉に芽をふき、道路までせり出した梢の葉叢がさながら緑のトンネルを作る。ピッツバーグは〝一夜にして季節が変わる〟街だと教えられていた通りだった。

一九八六年五月のある日、私たちの乗ったマイクロバスは、朝焼けの中、緑のトンネルを次々と潜り抜け、雪のまだ残る郊外に向かった。前列には、ピッツバーグ大学(Pitt)で医学を専攻しているという鮮やかな民族衣装のナイジェリア人留学生とカーネギーメロン大学(CMU)でロボティクスを研究しに来たという北京からの留学生が座り、私の横には、前月起こったチェルノブイリ事故の影響を恐れつつもソ連に微妙に気を遣うやや控えめなポーランド人女子留学生がいた。

私はCMUに英語研修で派遣されている三〇代になったばかりの予備校講師だった。私たち四人を引率するのは、それぞれの故国についてスピーチをしてほしいと依頼してきたピッツバーグ市立高校の女性校長だった。

さして語るべきものを持たない私は、妻の受け売りの、京都、大阪、神戸の買い物スポットの話をしてお茶を濁すことにした。

「日本に来たならぜひ関西を訪れてください。学生は神戸に住み、京都の大学に通い、大阪でバイトをして稼ぐのが最もfashionableなライフスタイルと言われています」などと締めくくった。

参加者四人全員のスピーチが終わった後、質問は私に集中した。

日本の関西に行ったら、どこで服を買ったらいいのか、とか、最近回転ずしという安いお鮨屋さんができたという話ですが、とか。質問は私にばかり集中して、言いたいことが山ほどありそうな他の三人に質問すりゃいいのに、と何だか申し訳ない気持ちに駆られ始めたころ、一人の男の子が質問に立った。やはり私への質問だった。

「日本人は、犬を食べると聞いたが、それは本当ですか」

あちこちからくすくす笑いが起こった。

「いや。食べない。犬は日本人にとって、ペットというよりパートナーであり、友人だ。食べるわけがない」私は強い口調で答えた。

「いや。僕は写真で見たんだ。日本人が犬を殺して食べている写真を」男の子もやや強い口調になった。くすくす笑いが止んだ。私は男の子をもう一度じっくりと見た。彼は颯爽としたヒーローに見えた。私は不快になった。不快感はヒーローの座を奪われた嫉妬心かも知れなかった。写真で見た・・・・・・? その写真はおそらく日本のものではないだろう。でも、アメリカの田舎の高校生にとって、日本人も中国人も韓国人も区別がつかないのだろう。それを言うべきか。いやいや、それを言っても始まらない。つかの間ではあったが、結構深い葛藤だった。早く答えなければならなかった。