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追悼 涙なしには読めません「お前の父ちゃん、また人を殺したな」——いじめられる我が子を前に、父は言葉を呑んだ 名優・蟹江敬三「ごめんな、パパが悪役で」

こんなに顔と名前が一致する脇役はそうはいない。ヒモ、強姦魔、敏腕刑事から武骨な老漁師まで、何にでも化けられた名優は「巧すぎる」ゆえの苦悩も抱えていた。これが役者の「業」なのか。

「役に良いも悪いもない」

「実は3月29日、蟹江さんに出ていただいた映画『十九歳の地図』('79年)の上映会とトークイベントが京都であったんです。この作品の監督だった私も参加していたのですが、日付が変わったころ、急に雨が降り出した。後で蟹江さんが亡くなったのが30日だったと聞いて、奇妙な縁を感じました」(映画監督の柳町光男氏)

ギャンブル好きで借金まみれで、ウソつきで根性なし。だけどどこか人間臭くて憎めない—そんなダメ男を見事に演じて一躍、蟹江敬三の名前を世間に知らしめたのが同作である。

雨は「もっと、いろんな人間を演じたかった」という、蟹江の悔し涙だったのだろう。事実、30年以上にわたって、コンビを組んできた所属事務所社長の木下志津子氏は「今年の夏ごろには復帰する予定でした」と言う。

「昨秋から『食欲がない』『体調が悪い』と訴えてはいました。しかし、仕事に支障は出ていなかった。まさか胃がんだなんて、12月に検査するまで思いもよりませんでした。診断の結果はステージⅢ。リンパに転移していたため、まずは抗がん剤で転移したがんを叩き、それから胃がんの治療をする予定でした。

医者が『仕事は続けたほうがいい』と言うから、しばらくは1週間治療しては少し仕事をして、というサイクルで生活をしていました。蟹江本人も私も、治るものだと思っていた。だから『ガイアの夜明け』(テレビ東京系)のナレーションも3月17日まで収録していたのです」

3月に入っても、仕事場に電車で向かうほど元気だった。だが翌週、3月24日の収録はかなわなかった。

木下社長が続ける。

「亡くなる数日前になって急に食事を受け付けなくなり、一人では起き上がれないほど容体が悪化したのです。大河ドラマの『龍馬伝』では岩崎弥太郎の父、朝ドラの『あまちゃん』では主人公の祖父・忠兵衛を演じ、これまで以上にお茶の間の皆さんに親しんでいただけるようになった。69歳と、役者としてまだまだ可能性があっただけに残念でなりません」