長谷川幸洋「ニュースの深層」
カテゴリーアイコン

「集団的自衛権」の議論が混乱する原因はいったいどこにあるのか

2014年04月18日(金) 長谷川 幸洋
upperline
〔PHOTO〕gettyimages

先週に続いて、今週も集団的自衛権について書く。新聞やマスコミは連日のように集団的自衛権について報じているが、そもそも「集団的自衛権とは何か」という定義について、肝心のポイントが国際常識からずれているのではないか。それが無用な混乱を招く一因になっているように思う。

「集団的自衛権」とは何を意味するのか

たとえば、毎日新聞は「集団的自衛権 『必要最小限で容認』 安保法制懇 行使に6要件」という4月16日付け一面左肩の記事中で「集団的自衛権は、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力で阻止する権利」と紹介した。

こうした説明は毎日に限らず他紙も同様だ。この定義はどこから来たのかといえば、記事も触れているように、1981年の政府答弁書である。以下の通りだ。

〈 国際法上、国家は集団的自衛権、すなわち自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利を有しているものとされている。

我が国が国際法上、このような集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上、当然であるが、憲法第9条の下において許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されないと考えている。 〉(94回国会衆議院稲葉誠一議員提出の質問主意書に対する答弁書)

ここの前段にある「日本政府による定義」をマスコミは最初から「正しいもの」と決めてかかって、それを前提に報じている。ところが、こういう定義が戦後の長い国会論議の中で最初から定式化されていたのかといえば、実はそうではない。

次ページ それどころか驚くべきことに、当…
1 2 3 4 次へ

このエントリーをはてなブックマークに追加 RSS
関連記事


underline
アクセスランキング
1時間
24時間
トレンドウォッチ
編集部お薦め記事