実娘殺害を計画する母、反撃を準備する娘。人間のおぞましい欲望が誰をも鬼畜に変える---ミステリー作家・島田荘司氏が見出した、深木章子の『鬼畜の家』が文庫で登場!

特別掲載!『鬼畜の家』解説
―名人職人の華麗な柱時計―

文・島田荘司(ミステリー作家)

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『鬼畜の家』
著:深木章子価格:730円(税抜)
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日本の物造りを長く支えてきた団塊の世代が先年大挙して退職し、老人予備軍としての余暇生活に入った。彼らは優秀な人材を多く含んだが、後進を育てることはあまり得手ではなく、某楽器メーカーは、ピアノが鳴らなくなるのではという心配をしていた。

大部隊の彼らは、物造り以外の局面でもよくリーダーシップを発揮し、日本社会の各局面を表裏で支えてきた。外交の第一線に立っていた者もいるし、専門技術によって特殊な機械を操作、人のしない体験を積んだ人も多い。

東京は今、四人に一人が老人という時代の門口に立っている。間もなく団塊の世代が老人グループに合流すれば、そういう時代が現実になる。そして二〇四〇年前後には、日本人全体の四十一パーセントが老人になるという予想もある。

老人とは、六十五歳以上の国民のことで、老人半数時代は、世界に先駆けてまず日本に起こる。しかもこれら老人のうち、六、七十代の大半は、医者とは無縁の健康体を持って暮らしている。こういう時代になれば、もはや老人のイメージも概念も、地球規模で変わらざるを得ない。彼らは単に経験を多く積んだ国民なのであって、作業不能を宣告された者はわずかである。そういう人材にこれからどんな仕事をしてもらうかが、これからの日本の成長のキー・ポイントとなる。

日本の本格ミステリーのフィールドもまた、彼らのうちの資質ある有志の参加を望んでいる。「人生わずか五十年」の時代は終わりを告げ、「人生八十年」の時代、長い余暇を獲得した彼らに、とりわけ特殊な技能や体験を積んだ人に、もうひと仕事してもらわなくてはならない。有能な彼らに、これからの長い時間をただ無為にすごしてもらうのは、国家的損失である。俳句作りに精を出すのなら、いっそもう少し長い文章を書いてもらってかまわないはずだ。

このところこういう主張を繰り返してきている自分であるが、この作を読み、団塊の世代にひそむ才能という自分の予想に、再度自信を深めた。この作には、勤めの義務を果たし、能力の成熟とともに余暇生活に入った書き手に、こちらが期待するすべてがある。いっとき喧しく言われ、使われた自然主義文学ベースの物差しを試しに持ち出せば、文章力、人間描写力。日々の生活を律している法的発想への理解、その語彙の適確な運用。医学発想や、その専門用語の正確な理解。

社会を埋める、利口ぶった人間たちが陥りがちな俗な発想。とりわけ女性たちの赤裸々な金銭欲、損得勘定、そのはざまに、計算されて滲出する性欲。日々平然とつかれる嘘。慣習的でごく自然な見栄・自慢の発想や、威張りの欲動。自身が上位と信じる者たちによる他者睥睨の常識、これによって強力に育まれていく虎視眈々の報応感情――。

社会を埋めて蠢く、こうした通常的欲動への冷めた洞察と把握が、過不足のない描写の筆から滑り落ちる時、それ自体が勝手にジョークに身を変える。これこそは、達意の文章境地だ。新人にしてあっさりとこんなことができるのは、やはり熟年作家ならではのものであり、経験豊富な手が、自然に行ってしまう手技というものであろう。

実際、名人看護師の手技を思わせる新人離れのした手管は、作中に数多く見えている。この物語は、時間軸に沿って語られることはせず、もと警察官の私立探偵が、事件関係者に次々に会って歩き、証言を取るのだが、その関係者の証言が、語り口調のまま無造作に並べられ、読者の目に供される。