ジョセフ・スティグリッツ「グローバリゼーションの悪い面について」『現代ビジネスブレイブ グローバルマガジン』---「ニューヨークタイムズ・セレクション」より

2014年04月21日(月) ジョセフ・スティグリッツ

ジョセフ・スティグリッツThe New York Times

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私は以前に、女性の乳がんの素因となる遺伝子の特許を得ようとする人々によって、特許制度がいかに濫用されているかを書いた。最高裁判所はそれらの特許を却下した。しかしそれは、多くの女性が不必要に苦しんだ後のことだ。

貿易協定は、特許権濫用の機会をさらに増やすことになる。

失業と低賃金のスパイラルにのまれる労働者

不安はつのる。リークされた交渉記録は、読みようによっては、TPPによって米国の銀行がリスクの高い金融派生商品を世界中に売りやすくなると示唆している。おそらくわれわれは、今回の大不況に導いたのと同様の危機に遭遇させられることになる。

それにもかかわらず、TPPや類似の協定を熱烈に支持する人々も存在し、そのなかにはエコノミストも多い。何を根拠に彼らが支持しているかと言えば、間違いが明らかになったニセモノの経済理論である。これらがいまだ流布している理由の大半は、富裕層の利益に役立つからである。

自由貿易は、経済学の初期段階においてはその中心的な信条であった。世の中には勝者と敗者が存在するが、この理論によれば、勝者は常に敗者を補償することが可能だ。だから、自由貿易はWIN-WINの関係を築くことができる。いや自由であればあるほど双方のプラスになるという。この結論は、しかし残念ながら、おびただしい仮定に基づくもので、それらの多くは単なる間違いである。

たとえば旧来の理論ではリスクを無視し、労働者は職種の間で途切れることなく移動できると想定している。ここでは完全雇用が当然と考えられており、グローバリゼーションによって解職された労働者は、すぐに生産性が低い業種から生産性が高い業種に移れるとされている。(低生産性のセクターがそれまで栄えていたのは、単純に外国の競争相手が関税やほかの貿易制限によって食い止められていたからだ)。しかし失業率が高いときには、そして特に失業者の過半数が長期にわたって失業している場合は、(これが今の状況だが)そうのんびりとはしていられない。

米国では現在、2000万人程がフルタイムの仕事を望みながらもそうはなっていない。何百万人もが求職活動をやめてしまっている。したがって保護された生産性が低い業種の雇用から外れた個々人が、ついには巨大な失業人口のなかの生産性ゼロ層の一員となる現実的な危険がある。高い失業率が賃金を下落させる圧力となり、これは被雇用者さえ傷つけることになる。

それでは、なぜ経済が想定通りに動かないのかという議論になる。はたしてそれは総需要の欠如によるものなのか。それとも銀行が、投機や市場操作にもっぱら関心を示して、十分な資金を中小規模の企業に与えていないためなのか、と。しかしその理由がどうあれ、現実的にこれらの貿易協定には失業を増加させる危険があるのだ。

「長期的には、われわれはみな死ぬ」

状態がこれほどひどくなった理由の1つは、われわれがグローバリゼーションへのマネジメントを間違ってしまったためだ。米国政府の経済政策は仕事のアウトソーシングを奨励している。海外の安い労働力によって生産された製品は米国に安価で引き取られる。したがって米国の労働者は、自分たちが海外の労働者と競争しなければならないこと、また、自分たちの交渉力が弱体化していることを理解している。これが、正規雇用で中流層の男性労働者の所得が40年前よりも低い理由の一つである。

今日の米国の政治には、これらの問題が複合している。最善の状況でも旧来の自由貿易理論が述べていることは単に、勝者は敗者を償うことができると言うだけで、償う、とは言っていない。償ったことはないのだから実際はその逆である。

貿易協定の推進者は、米国が競争力を保持するには賃金カットだけではなく、税金や、特に一般レベルの市民にとって利益となる計画への支出もカットされるべきだとしきりに話す。彼らは、短期的な苦痛を堪え忍ぶことが、全員の長期的な利益になると述べる。しかし、ケインズがほかの文脈で指摘して有名になった言葉の通り、「長期的には、われわれはみな死ぬのである」。この場合、貿易協定がより早くより大きな成長を導くという証拠はほとんどない。

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