二宮寿朗「ブラジルW杯で出会いたい“名言”」

 世界的なスポーツイベントで偉業を成し遂げたアスリートからは、名言が生まれることが多い。ここ20年ぐらいの間で言えば、1992年バルセロナ五輪で女子200メートル平泳ぎの金メダリストとなった当時14歳、岩崎恭子の「今まで生きてきた人生のなかで一番幸せです」や、96年アトランタ五輪の女子マラソンで2大会連続のメダル獲得となった有森裕子の「初めて自分で自分を褒めたいと思います」などにグッと来た人は多いだろう。
 成功を成し遂げた者の肉声は、人々の心に染みやすい。

 個人的には先の12年ロンドン五輪、ボクシングのミドル級で金メダルを獲得した村田諒太の「日本人には出来ないと言われてきたけど、出来ると信じていた」が気に入っている。強い信念なくして目標は達成できないのだと、教えてくれる言葉だ。
 以前、村田本人に、どうしてこの言葉が出てきたのかを尋ねたことがある。彼は「心の底からの感情が、そのまま出たんです」と言った。達成感に満ちた際に出る自然体の言葉に、人々は魅せられるのかもしれない。

言葉を大切にする本田

 14年ブラジルW杯までもう2カ月を切った。前回大会のベスト16以上が期待される日本代表だが、プレーだけでなく発言においてもチームのなかで最も注目されているのが本田圭佑(ACミラン)である。
 4年前の南アフリカW杯では初戦のカメルーン戦で決勝ゴールを決め「昨日が誕生日でしたし、僕は何か持っているな」と試合後のテレビインタビューで答えた。この「持っている」発言が、大きな反響を呼んだ。その言葉が意味するのは「大舞台で勝負強さを発揮できる才能」とでも言えるだろうか。

 南アフリカW杯後には、野球の世界にも波及している。
“ハンカチ王子”こと斎藤佑樹(北海道日本ハム)が早大時代最後の年に、明治神宮大会を制して「僕は何か持っていると言われ続けてきました。今日、何を持っているか確信しました。それは仲間です」との言葉が、10年の新語・流行語大賞の特別賞を受賞している。とはいえ、「持っている」を広めたという点では、本田のほうがイメージとして強い。そして今なお「持っている男」であり続けてもいる。

 南アフリカW杯後、本田の言葉に対する注目度はますます高まっている。反響という点で見れば、たとえばこんな発言があった。

 昨年9月のホームでのW杯アジア地区最終予選イラク戦後、本田自身がチャンスを活かせずノーゴールに終わったことに対して「誰か名ストライカーが言っていたと思うが、ゴールというのはケチャップのようなもの。出ないときは出ないけど、出るときはドバドバ出る」と語っている。これはルート・ファン・ニステルローイがレアル・マドリード時代、同僚のゴンサロ・イグアインにアドバイスした際の言葉。本田はそれを引用したのだ。

 また、最近で言えば、ACミランの入団会見で移籍の決め手を聞かれて「心のなかのリトル本田に聞いたんです。どのクラブでお前はプレーしたいんだ、と。すると心の中のリトル本田が、ACミランでプレーしたいと言ってきた」とのコメントもよく知られるところ。この“リトル本田”もロビン・ファンペルシーがアーセナルからマンチェスター・ユナイテッドへ移籍した際の「俺のなかのリトルボーイ」発言を真似ている。

 本田は己の心に響いた名プレーヤーの言葉を自分のなかに取り入れてみたり、それにまた新たに自分の表現をつくっていくための「参考材料」にしている感がある。いずれにしても、本田は自らの言葉、表現というものを、大切にしているアスリートだと言える。