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時代に合わせて商品は変えていかねばなりません。でも、ブランディングの基本は、絶対に変えてはいけない。
ホッピービバレッジ 石渡美奈

焼酎などを割って飲む、ビールテイストの飲料「ホッピー」。戦後の1948年から、関東圏を中心に愛されてきた「下町の味」だ。この商品を主力に「赤坂ビール」などの地ビールも売るホッピービバレッジの社長は、創業者の孫娘・石渡美奈氏(46歳)。取締役就任後、売り上げを5倍にした敏腕女性経営者として一躍、時の人となり、「ホッピーミーナ」の愛称でメディアにもよく登場する人物だ。


時代に合わせて商品は変えていかねばなりません。でも、ブランディングの基本は、絶対に変えてはいけない。いしわたり・みな/'68年、東京都生まれ。'90年に立教大学文学部を卒業し、日清製粉(現・日清製粉グループ)へ入社。同社を退社後、広告代理店を経て'97年にホッピービバレッジへ入社。広報宣伝を担当し、自らも広告塔となって売り上げを伸ばす。その後、'03年に副社長へ就任し、'10年から現職 ※ホッピービバレッジのwebサイトはこちら

のる

売り上げ好調の理由は「時代の風」を大切にしているからでしょう。ホッピーは長く「安くて早く酔える酒」として知られてきましたが、じつはプリン体ゼロ、低糖質、低カロリーのヘルシーな飲み物でもあったんです。そして2000年前後、ちょうど健康ブームになったため、ヘルシーな部分を打ち出したら、女性誌まで取材にくるほど話題になった。その後、焼酎や立ち飲みの文化などがブームになると、弊社はこれも追い風に売上を伸ばせたんです。

時代の風を「吹かせる」には、莫大なCM予算などが必要ですが、弊社はそういう企業ではありません。それより「時代の風に乗る」んです。

ホッビー

弊社は私の祖父が創業し、戦前は、赤坂でラムネを製造して陸軍などに納めていました。そして終戦直後の、ビールが高嶺の花だった頃、時代のニーズに合わせ「本物の麦芽とホップにこだわった本物のノンビア(ノンアルコールビール)」をつくると、市場から自然と、焼酎を割る飲み方が生まれたんです。商品名は「本物のノンビア」を略して「ホッビー」・・・・・・にしようとしたのですが、語呂が悪いので「ホッピー」にした、と聞いています。

由緒

「ホッピー」が下町の味になったのも、たまたま吹いた風に乗れたから。戦後、池袋や足立などに住んでいた祖父の友人が戦地から帰還し、働く場所がないからと、ホッピーの販売を手伝って、東京を中心に広めてくれたんです。

OL 当時、何でも自分自身が納得してから動く姿を上司に見られ「お祖父さんやお父さんを見て育ったんですね」と言われたとか。写真手前が石渡氏

失敗

私の代で売り上げが伸びた、などと言われますが、私は失敗を繰り返してきた人間ですよ。OLを経験して弊社へ入社し、すぐ「ホッピーはスタイリッシュでない」と考えて「ホッピーハイ」という商品を販売しました。オシャレなビンに入っていて、あらかじめ焼酎を割ってある商品でした。結果は大惨敗。ホッピーの愛好家からも「あれはホッピーっぽくない」と言われ、在庫の山が残ってしまったんです。

時代は気づかないほどゆっくり、でも確実に流れているから、商品はそれに合わせて変えなくてはいけません。でも、進化させてよいのは技術などで、商品の基本となるブランディングは絶対に変えてはいけなかったんです。

教訓

変化は、急ぎすぎてはいけない。人間も同じです。副社長就任後、経営面で私が「師匠」と呼んでいるコンサルティングの方に弟子入りし、たとえば全社員で毎朝30分掃除をするなど、できることを次々取り入れたんです。しかし社員から反発されて辞表を出す人まで現れた。今思えば、社員は、なぜそれをしなければいけないか納得できてなかったんです。

師匠には「バカ者! 早まるなと言っただろう」とおしかりをいただいた。もちろん今は、掃除も何もかも、みんな納得の上、心を合わせてできていますが、あれは忘れ得ない教訓です。