佐藤優のインテリジェンス・レポート---「ロシアのイランへの接近」

佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」Vol034 インテリジェンス・レポートより
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はじめに

4月末に予定されている岸田文雄外相のロシア訪問が中止されるという報道が流れています。その理由は、ロシアによるウクライナのクリミア自治共和国編入に抗議して、「ロシアの孤立化」を目指す米国に合わせるためだといいます。この情報を流した人は、帝国主義的な外交ゲームがよくわかっていません。

ロシアによるクリミア編入は、既存の国際法秩序を破壊する暴挙です。しかし、欧米諸国がいかに声高に非難しても、ロシアがクリミアを手放す可能性は皆無です。焦眉の課題は、ロシア語を常用するウクライナ人とロシア人が多いウクライナの東部と南部の国境線を維持することだと思います。

クリミアの場合、圧倒的多数の住民が心底ロシアへの編入を望んでいました。しかし、ウクライナの東部・南部では事情が異なります。この地域の住民もクリミアの住民と同様にウクライナ民族至上主義に立つキエフの新政権に危惧を抱いています。しかし、日常的にロシア語を話していても自らはウクライナ人だという自己意識を持っている人が過半数を占めています。

こういう状況でロシアが軍事介入をすれば、新政権を支持する人々が武器を手にして抵抗します。ロシア軍は抵抗者を情け容赦なく殺します。その様子を見て、新政権に反発するロシア語を常用するウクライナ人も、「ロシアは敵だ」という認識を抱くようになります。そして、ウクライナ人とロシア人の関係が急速に悪化します。それはウクライナにとどまらずロシア全土に飛び火します。このリスクをプーチン大統領も十分認識していると思います。

今、重要なのは、国際社会が持っている懸念をロシアに正確に伝えることです。4月末に予定されている日露外相会談の場を最大限に活用し、ロシアから、ウクライナとの現行国境線を保全の担保を取りつけることが、日本に期待されている真の国際貢献と思います。

分析メモ No.77「ロシアのイランへの接近」

【事実関係】
4月4日、ロシア国営ラジオ「ロシアの声」が以下のニュースを報じた。

<4日、ロシアの雑誌『国家防衛』編集長で、世界武器貿易分析センター長のイーゴリ・コロチェンコ氏はリア・ノーヴォスチ通信の円卓会議に出席し「欧米との関係が悪化する条件下でロシアは、世界の安全保障領域における新しいパートナーを見つけなければならない。イランは、そうしたパートナーになりうる」と述べ、次のように続けた──

「我々は、ロシアと欧米の『冷戦』時代に戻る中にいる。そうした種のアプローチのゆえに、ロシアは、世界の他のパワーセンターとの互恵的貿易・政治関係構築に向けたグローバルな安定維持のため、新たな可能性を持つことを強いられている。ロシアの着実なパートナーとして、登場しうるのはイランだ。(中略)軍事技術協力が再開された場合、かつて調印されたイランへの長距離地対空ミサイル・システムS300供給契約は遂行されるべきである。」>(http://japanese.ruvr.ru/news/2014_04_04/270805315/

【コメント】
1.
ロシアによるウクライナのクリミア編入をきっかけに国際秩序の構造転換が進んでいる。

2.
「ロシアの声」は国営放送なので、ロシア政府の意向に反する内容の報道は行わない。

3.―(1)
以前からロシアの軍産複合体は、イランと本格的な軍事協力を進めたいと考えていた。しかし、プーチン大統領や外務省が、米国との協調を重視するため、軍産複合体のイランとの兵器ビジネスは抑制されていた。その抑制がなくなりつつある。

3.―(2)
ロシアは、シーア派(12イマーム派)イスラム原理主義国家であるイランを心の底から信用しているわけではない。しかし、米国、EUが対ロシア包囲網を形成しようとする状況で、欧米と対立するイランと提携することで、包囲網に対抗する力をつけようとしている

(略)

4.
米国とEUがロシアに対する圧力をさらに強めると、ロシアはイランと中国に接近し、「モスクワ・テヘラン・北京」の枢軸が形成される可能性がある。これはイデオロギーや価値観を共有するブロックではなく、各国の帝国主義的野望を実現するための枢軸である。

この枢軸は、力によって既存の国際秩序を自らに有利な方向に転換することを試みる。そして、局地戦が外交の手段になる。米国はウクライナ問題とイラン問題で手一杯で、きめ細かいアジア外交を展開する余裕がないと中国が判断すれば、尖閣諸島(沖縄県石垣市)を力で奪取することに踏み切る可能性が十分ある。

佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」Vol.034(2014年4月9日配信)より