小保方晴子氏を「犠牲者」にした独立行政法人・理研の組織的欠陥

2014年04月05日(土) 井上 久男
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また、早稲田大学大学院時代の小保方氏の論文に対する「疑念」までも報じられているが、これも、今回の問題に端を発した「小保方いじめ」ではないかと感じる。

メディア中心に社会全体が最初はあれほど持ち上げておきながら、今になって小保方氏の研究全体や人間性までもこき下ろしている。30歳そこそこの未熟な研究者へのいじめとしか見えないし、人権侵害に当たるのではないか。

そもそも日本では博士号を取得するために、博士後期課程の約3年間に3本程度の「査読論文(指導教官以外の外部の研究者による判定付き論文)」を書かなければならない。そして、その査読論文をまとめる形で学位論文として提出するのが一般的だ。ある著名な大学教授はこう指摘する。

「短期間で実験も重ねて論文を大量に書かないといけない中で、博士論文程度であれば、ある程度コピペしているのは仕方ない。そもそも学位論文は学んだことを書くべきもので、そういう意味からも先達の研究を学んでコピーすることを否定してはいけない。学位論文でコピペを否定していたら、多くの学生は学位が取れない。

新しい発見は研究を重ねていく中で見つかるものであり、学位論文など『研究者の卵』の評価は、着眼点やこれから研究者としてやっていけるかといった資質など人間性の方が大切」

筆者もそう思う。そもそも小保方氏の博士論文や今回の雑誌ネイチャーに掲載された論文を過大評価してはいけなかったのではないか。

筆者であれば、率直に言って、30歳そこそこの大学院出たばかりの研究者がノーベル賞級の研究成果が出せるものかと疑う。これは若さを否定したり、若いということだけで疑ったりしているわけではない。

正確な「STAP細胞」再現はそもそも難しい

専門外だが、筆者は小保方氏の研究の着眼点が間違っているとは思わないし、資質がないとも思わない。小保方氏本人が「悪意のない間違い」と言っているように、単純ミスのように見える。

もし博士論文にも問題があるのだとすれば、それは査読した外部の研究者や小保方氏の指導教官にもそれを通した責任があるのではないか。また、ネイチャーの論文は査読ではなく、編集者の判断で載せられるのものだが、載せると判断した編集者の責任もあるのではないか。

次ページ さらに、この「STAP細胞」に…
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