小保方晴子氏を「犠牲者」にした独立行政法人・理研の組織的欠陥

2014年04月05日(土) 井上 久男
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理研の組織について言うと、1917(大正6)年にできた理研は、組織に縛られず、成果にも縛られず、科学者が自由にのびのびと研究できる組織として台頭してきた。組織もシンプルで、基本的には主任研究員と研究員という肩書しかなく、研究者の自由なアイデアと良心に任せた研究がなされていた。

ノーベル賞を獲得した研究者の中には理研出身者も多いが、その一人、物理学賞を取った朝永振一郎氏は「科学者の自由な楽園」というエッセーも書いている(3月21日付日本経済新聞)。

ただ、優れた研究だけでは飯は食えないため、研究成果を商品化するために別会社を設立、食品や部品などを売った。「リケン」という自動車部品メーカーがあるのもその流れだ。

世界的な研究や発明は、目標を定めたり、成果を性急に求めたりして誕生するものではない。

科学者がよく「セレンディピティー(偶然の発見)」という言葉を使うように、試行錯誤をしている中で、ある時突然、発見されるものもある。自由闊達な組織の中で、専門の壁を超えて語り合ったり、仕事をしたりする風土の中から生まれる。

しかし、今の理研からはそうした風土はほとんど消え失せ、成果ばかりを先に求める風潮が強まっている。

未熟な研究者いじめ

そもそも小保方氏らの「STAP細胞」についての成果を記者会見して一般社会に知らしめる前に理研は、この研究は大丈夫かと健全に疑い、小保方氏に確認したのだろうか。

小保方氏は「論文の撤回はしない。悪意のない間違いなのに、改ざんや捏造と決めつけられたことにはとても承服できません」(4月2日付朝日新聞)などと反論し、弁護士を立てて理研の決定に不服を申し立てる方針を示している。

ところが理研は当初、小保方氏は論文の撤回に同意したと説明していた。重要な問題なのに、この説明の食い違いは何を意味するのか。理研という組織のマネジメントに何か齟齬をきたしていると見るべきではないだろうか。

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