賢者の知恵
2014年06月01日(日) 週刊現代

三匹のおっさん記者、東京地検特捜部を語る 第1回 なぜ、検察は猪瀬直樹を逮捕できないのか

週刊現代
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かつて「最強の捜査機関」と呼ばれた特捜部は、なぜ凋落してしまったのか。「栄光の時代」の検事を追っかけ、鎬を削った「伝説の司法記者」が取材秘話を明かしつつ、特捜検察の病巣を鋭く指摘する。

今も続く田中角栄の呪縛

小俣 政界汚職や大型経済事件を摘発してきた東京地検特捜部は、設立以来のどん底にあると思います。

われわれ3人は特捜部の取材に長くかかわってきたわけですが、過去の特捜部の捜査を改めて見つめ直すことで、低迷の原因と特捜部再生の手がかりが見つかるかもしれませんね。

村山 いま、現職の法務省や検察の幹部らと、かつての特捜事件の話をすると、人によっては「そんな話をして、どんな意味があるんですか」って露骨に嫌な顔をするんですよね(苦笑)。

村串 いまと昔じゃ特捜部を取り巻く環境が違うんだから、昔話をしても仕方がないというわけでしょう。

村山 ええ。ひと昔前までは、贈収賄などを立件するための重要な武器として、検察が作成した供述調書に裁判所は大きな信頼を寄せていました。しかし、裁判所の供述調書に対する見方が厳しくなり、かつての「かち割って(関係者を自白させて)どこまでも進む」型の特捜捜査が難しくなっています。

小俣 特捜部に対する裁判所のスタンスが変化したのは事実ですが、なぜここまで低迷したのかという経緯を押さえておかないと、これからの展望も見えてこないと思うんです。そこで振り返ってみると、特捜部が停滞していたのはこれが初めてじゃないんですね。私が最初に検察担当になったのが'84年、ちょうど今から30年前ですが、当時も特捜部は低迷していました。

村山 村串さんも'84年で、私が検察担当になったのは'85年。3人ともほぼ同時期ですね。

村串 当時の特捜部は、'76年にロッキード事件※1を摘発してから、自民党最大派閥を抱えたままの田中角栄元総理を相手にした裁判で壮大な消耗戦を強いられていた。だから、とても他の大型事件を手がける余裕はなかった。

小俣 そこに危機感を持ったのが当時、東京地検特捜部の副部長だった石川達紘※2さん。「このままでは特捜部の足腰が弱る」ということで、小さな事件の掘り起こしをコツコツ始めた。それが撚糸工連、リクルート、東京佐川急便、金丸信氏の脱税、ゼネコン汚職、大蔵省接待汚職といった「特捜検察栄光の時代」に結びついていきました。

※1 米ロッキード社の航空機の売買をめぐる国際汚職事件。田中角栄元総理が、5億円の受託収賄の罪で起訴された
※2 '89年に東京地検特捜部長に就任。金丸信脱税事件、ゼネコン汚職でも捜査の指揮を執った。現在は弁護士
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