現代新書

日本人が忘れた大切なものを
ジョブズやジャック・ドーシーは見据えていた

『デジタル・ワビサビのすすめ』著者・たくき よしみつインタビュー(後篇)

インタビュー前篇「人生をリセットし、人生を楽しむキーワードがデジタル・ワビサビ 」はこちら

デジタルストレスの向こうに希望が見える

たくき よしみつ(鐸木 能光)1955年、福島市生まれ。1991年、原子力政策の闇をテーマにした『マリアの父親』で第4回小説すばる新人賞受賞。作曲、デジタル文化論、狛犬研究など幅広い分野で活動。2004年に転居した福島県川内村で原発事故被災。その体験を元に『裸のフクシマ』(講談社)、『3・11後を生きるきみたちへ 福島からのメッセージ』(岩波ジュニア新書)を執筆。現在は日光に居を移し「デジタル・ワビサビ」を生涯のテーマに活動を続ける。

たくき:デジタルって、現代人にとっては便利なものという以上に大変なストレス源になっています。今はデジタルツールを使いこなせないストレス、デジタルツールに振り回されるストレスだけでなく、ネット社会における新たな人間関係によるストレスというのも大きい。ネットを通じて他人への憎悪や嫉妬をエスカレートさせたり、言葉が足りずにつまらぬ喧嘩をしたり。ツイッターなんかは文字数が限られているから、言葉足らずによる誤解から喧嘩が起きたりもします。

 でも、その手のデジタルストレスは15年くらい前からすでにありました。最近、なんじゃこりゃと驚かされるような現象としては、インターネットを毎日使っている人たちが実際にはインターネットとは何かということを知らない、知ろうとしないということですね。ネットを公共社会だと思っていない。

 今度の本(『デジタル・ワビサビのすすめ 「大人の文化」を取り戻せ』講談社現代新書)でも最初のほうで書いていますが、広島で起きた少女リンチ殺人事件は、暴行現場からLINEでその様子をグループチャットで生中継していたし、八王子で起きたモデル事務所に所属していた少女が元彼に刺殺され、猥褻画像をネットにばらまかれた事件でも、犯人は被害者少女の家のクローゼットに身を隠して待ち構えながら「そのつもりなかったけどなんやかんやで押し入れの中。出たいけど出られへん」などとLINEに書き込んでいました。それこそ一昔前なら「ありえへん世界」になってしまっているんですよね。

──そういうのを嫌って、ネットから離れる人も多いですよね。

たくき:はい。それはそれで賢明な判断かもしれません。でも、逆に、若い人たちは、ネットやデジタルツールを毛嫌いするだけの大人を信用しない、というようなところもあります。このひどくなる一方の世の中を押しつけられる自分たちにとってはデジタルなしで問題解決なんて到底ありえないのに、もう「逃げ切っている世代」……つまり60代以上のじいさんたちなどは、デジタルストレスからも逃げるだけでいい。金と権力があれば人を使えるので、自らネットを駆使したりデジタルツールを使いこなす必要もないからいいよね、しっかり年金もらって、盆栽でもいじっていればいいんだからいいよね……と。