人生をリセットし、
人生を楽しむキーワードがデジタル・ワビサビ

『デジタル・ワビサビのすすめ』著者・たくき よしみつインタビュー(前篇)
たくき よしみつ

たくき『裸のフクシマ』を書いていたとき、僕は全村避難中の福島県川内村に戻っていました。妻も一緒です。村の人たちがほとんどいなくなった村では、ネットも復旧していたし、4月末くらいからは郵便も来ていたし、クロネコの宅急便やメール便も復活してましたから、生活するには特に不自由はありませんでした。放射線量も、村民が避難した郡山市内より概ね低かったですしね。

 僕らだけでなく、第一原発が爆発した後、散り散りに避難した村の友人たちの何人かも戻ってきていて、さあ、これから本気で阿武隈の文化と経済を再構築するぞ、という意気込みを持っていました。

 ところが、そうはならなかった。『裸のフクシマ』にも書いた通り、2011年の夏くらいから、賠償金ラプソディとか、除染バブルとか、それこそ「想定外」の状況が起きて、これはちょっと、村に残ってイチからやり直すというのは無理だな、と分かってきたわけです。

 放射能が怖いとか、そういう話ではなくて、今までなんとなくフィルターをかけて、衝突を避けてきた問題が、原発爆発で、もはやごまかしきれなくなってしまった。悪しき慣習や不合理なシステムがリセットされるどころか、ますます強化されてしまった。

 で、大多数の村の人たちは、理不尽で不合理な社会であっても、今まで通り、いや、今まで以上に静かに、じっとその社会に溶け込み続けることで自分たちの生活が守れると考えるんですね。でも、阿武隈の自然に惹かれて外から入ってきた人たちは、この期に及んでそんなごまかしを続けていたらダメだと思っている。この両者はどうしてもぶつかるわけです。しかも、賠償金格差や除染バブルって、現地の人にとっては生活していくためのお金がシビアに絡んだ話だから、まともに議論したら対立や怨嗟がどんどんひどくなる。

 同じようなことは、放射能に汚染された福島だけじゃなくて、巨大防潮堤建設に揺れている三陸地方でも起きています。とにかく外から大金が投入されて一時的にでも地元の業界が潤えばいい、この金を逃すまいとする人たちと、そうした依存体質から抜け出して自立した社会をきちんと作り直さないといけないと考える人たちの対立構造ですね。

 そんなストレスにさらされ続けて残りの人生を過ごすなんて、冗談じゃないな……と。今までなんとか仲よくやってきた人たちと喧嘩するのは嫌だし、自分の中でどんどん大切なものが壊れていくのも怖い。そういう気持ちから、夏以降、友人の多くは新天地を求めて阿武隈を出て行ったんです。僕らも日光市に空き家を見つけて引っ越しました。