現代新書
人生をリセットし、
人生を楽しむキーワードがデジタル・ワビサビ

『デジタル・ワビサビのすすめ』著者・たくき よしみつインタビュー(前篇)
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「デジタル・ワビサビ」って何?

──今回の本(『デジタル・ワビサビのすすめ 「大人の文化」を取り戻せ』講談社現代新書)はタイトルが意味深ですね。「デジタル・ワビサビ」とは、なにやら判じもののような響きですが、どういう意味でしょう。

たくき:実は、このタイトルに決まるまではかなり紆余曲折があったんですよ。特に「ワビサビ」という言葉をめぐっては……。

──ワビサビというと、わびしい、寂しい、というのが語源ですから、静かで地味なもののなかに美を見出す、というようなことですよね? 足るを知る……知足ということにも通じますが。

たくき:もともとはそういう意味ですが、実はこの言葉、欧米のアーティストや先進的起業家にとても人気のある言葉で、彼らは単に「静かで地味」というようなことではなく、もっと深い意味、精神性の深みや文化のコクというか、魂に訴える静謐で神聖な美、というようなイメージを抱いているんですね。僕もそれに近いイメージを抱いて使っていました。

 15年くらい前に「魂はアナログ、手段はデジタル」っていうスローガンを掲げたんですが、この「魂」の部分をさらに言い換えたのが「デジタル・ワビサビ」ですかね。

 デジタルで世の中いろいろ便利になったけれど、デジタルはあくまでも手段であって、手段に魂が支配されてはいけない。魂があればデジタルという手段でワビサビを表現することは可能だし、今まで以上に自由で大胆に魂を開放することができる、という主張ですね。

──たくきさんは今まで、「ワードを捨ててエディタを使おう」とか「テキストファイル主義」とか「デジカメに1000万画素はいらない」とか「ガバサク流デジカメ写真術」とか「大人のための新オーディオ鑑賞術」とか、デジタルツールの使いこなしについては常に一家言持って主張してきましたよね。デジタル・ワビサビもその路線の延長にあるわけですね。

たくき よしみつ(鐸木 能光)1955年、福島市生まれ。1991年、原子力政策の闇をテーマにした『マリアの父親』で第4回小説すばる新人賞受賞。作曲、デジタル文化論、狛犬研究など幅広い分野で活動。2004年に転居した福島県川内村で原発事故被災。その体験を元に『裸のフクシマ』(講談社)、『3・11後を生きるきみたちへ 福島からのメッセージ』(岩波ジュニア新書)を執筆。現在は日光に居を移し「デジタル・ワビサビ」を生涯のテーマに活動を続ける。

たくき:まあ、そうなんですけど、気分的には今までよりずっと緩くなってきましたかね。

──緩く、と言うと?

たくき:歳を取ったせいもあり、理不尽さや不条理にいちいち腹を立てるより、いかに楽しむかを考えたほうがいいという考えになってきましたね。世の中が息苦しくなればなるほど、個人としては楽しみ方を学ばないとやってられない。そうした思いは「フクシマ」以降、ますます強くなりました。

──そうでしたね。講談社では2011年秋に出した『裸のフクシマ』以来の本になるんですよね。たくきさんは中越地震で家を失った後に福島県の川内村に新天地を見つけて住み着き、7年後に今度は原発が爆発して村が全村避難になってしまった……。

たくき:その話もちょっとしてもいいですか? この本を書くにあたっての自分の中での気持ちの変化はやはり「フクシマ」と深い関係があるし、今度の本の中では書けなかったことでもあるので、こういう機会に話しておきたいな、と。

──ええ……では、はい。どうぞ。

たくき『裸のフクシマ』を書いていたとき、僕は全村避難中の福島県川内村に戻っていました。妻も一緒です。村の人たちがほとんどいなくなった村では、ネットも復旧していたし、4月末くらいからは郵便も来ていたし、クロネコの宅急便やメール便も復活してましたから、生活するには特に不自由はありませんでした。放射線量も、村民が避難した郡山市内より概ね低かったですしね。

 僕らだけでなく、第一原発が爆発した後、散り散りに避難した村の友人たちの何人かも戻ってきていて、さあ、これから本気で阿武隈の文化と経済を再構築するぞ、という意気込みを持っていました。

 ところが、そうはならなかった。『裸のフクシマ』にも書いた通り、2011年の夏くらいから、賠償金ラプソディとか、除染バブルとか、それこそ「想定外」の状況が起きて、これはちょっと、村に残ってイチからやり直すというのは無理だな、と分かってきたわけです。

 放射能が怖いとか、そういう話ではなくて、今までなんとなくフィルターをかけて、衝突を避けてきた問題が、原発爆発で、もはやごまかしきれなくなってしまった。悪しき慣習や不合理なシステムがリセットされるどころか、ますます強化されてしまった。

 で、大多数の村の人たちは、理不尽で不合理な社会であっても、今まで通り、いや、今まで以上に静かに、じっとその社会に溶け込み続けることで自分たちの生活が守れると考えるんですね。でも、阿武隈の自然に惹かれて外から入ってきた人たちは、この期に及んでそんなごまかしを続けていたらダメだと思っている。この両者はどうしてもぶつかるわけです。しかも、賠償金格差や除染バブルって、現地の人にとっては生活していくためのお金がシビアに絡んだ話だから、まともに議論したら対立や怨嗟がどんどんひどくなる。

 同じようなことは、放射能に汚染された福島だけじゃなくて、巨大防潮堤建設に揺れている三陸地方でも起きています。とにかく外から大金が投入されて一時的にでも地元の業界が潤えばいい、この金を逃すまいとする人たちと、そうした依存体質から抜け出して自立した社会をきちんと作り直さないといけないと考える人たちの対立構造ですね。

 そんなストレスにさらされ続けて残りの人生を過ごすなんて、冗談じゃないな……と。今までなんとか仲よくやってきた人たちと喧嘩するのは嫌だし、自分の中でどんどん大切なものが壊れていくのも怖い。そういう気持ちから、夏以降、友人の多くは新天地を求めて阿武隈を出て行ったんです。僕らも日光市に空き家を見つけて引っ越しました。

 これは僕だけじゃなくて、阿武隈から出て行った友人たちみんなが共通して持っている認識だと思いますが、家や土地を失ったとか、環境を汚されたといった喪失感、理不尽さ以上に、日本の社会、自分も含めて、この国を構成している人間社会に対しての失望感がものすごく大きかったんですよね。

「避難ごっこはもう終わりだ」

「こんな馬鹿な国に生まれちまったんだから、どうしろこうしろと文句言ったところで始まらない。自分で前を向いていくしかない」

 ……これは実際に阿武隈を去って行った友人たちの口から出た言葉です。分かりますかね、この気持ち。

 そして僕自身、「正論」を訴え続けることにほとほと疲れてしまったんですね。

──なんだか重い話になってきましたが……。

たくき:あ、すみません。もうちょっと待ってくださいね。今、話をつなげますから。

 でまあ、物書きとしての自分は、これから何をすべきなのだろう、と。

 世の中のダメさ加減や不条理に腹を立てたりがっかりしたりするだけではとても残りの人生を生き抜ける気がしなくなりました。社会を相手にするのではなく、個というか、自分の心を見据えて、自分がしっかり、楽しく生き抜くことを考え、実行していくしかないな、という思いが強くなっていったわけです。

 日光に移住して、最初はもやもやした気持ちがなかなか晴れなかったんですが、新しく地域の人たちと触れ合い、一緒にジャズのセッションをしたり、ご近所さんに助けてもらって新生活の場を整えたりしていくうちに、自分の持ち場、やるべきことが見えてきた感じがします。つまり、この本は自分を鼓舞するために書いたとも言えますね。

──デジタル・ワビサビが人生のリセットや余生を生き抜くためのヒントになるわけですか?

たくき:はい。僕自身が残りの人生を少しでも楽しく生き抜くために必要なものがデジタル・ワビサビの境地だし、人によってはリタイア後の余生を充実させるキーワード、あるいは思いもかけなかったようなビジネスチャンスを生み出すヒントにもなると思います。

                             (後篇)へつづく 

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