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ニッポンは「新・階級社会」になった!【第4部】速水健朗×山内マリコ 徹底討論 いつも不安なエリートたち「私の人生、幸せなんだろうか」
あなたの常識がひっくり返る

地元組が楽しそうに見える

速水 僕と山内さんは、地方から東京に出てきてけっこう長いですよね。僕はいわゆる団塊ジュニア世代で、一応進学校に通っていたから、クラスの約半分は東京の大学に行くという環境。特に意識したわけでもないけど、東京に出るのは当たり前という感じでした。

山内 私は地元の富山から関西の大学に進んで、しばらく働いた後'05年に上京しました。今は東京で楽しくやってるものの、地元の同級生には人として負けてるな、と思いますね。同窓会の誘いなんてぜんぜん来ないし(笑)。

地方って、地元の人間関係にうまくなじめる人となじめない人がはっきり分かれませんか。学力や能力とはあんまり関係なく。

速水 地方から受験して東京に進学する人は、エリートもいるけど、基本的には地元の友人コミュニティにうまく入れなかった人ですからね。

だから上京した後、帰省すると地元残留組の生活がものすごく楽しそうに見えたんです。東京での自分の暮らしにちょっと不安を抱いてしまうくらい。

山内 東京に行って大企業に就職したり、バリバリ働くことが果たして幸福なのか、という疑問や不安は、実は昔からあったと思うんですよ。'57年に市川崑監督が『満員電車』という映画を撮っていて、昔はクラスから数人しか大学に行けないのが、時代が下るにつれて人数が増えていき、大学を卒業しても結局サラリーマンになって、満員電車に押し込まれるという様子を皮肉に描いています。

速水 僕たち団塊ジュニアくらいまでは、意識としてそういう「大学に行ってホワイトカラーのサラリーマンになる」という流れがあったけれど、今はもう大学に行ったくらいではホワイトカラーになれるとは限らないですからね。真のエリートは海外を見ているし、東京に行くことが成功、立身出世、エリートコースだという前提が崩れている。

大人になるのが早いヤンキー

山内 それに、10年前くらいまで、不況でもまだ地方には「東京への憧れ」があったような気がするんです。それが最近はあんまり言われなくなりましたよね。バブル期には『東京ラブストーリー』のようなトレンディドラマがあったんですが、そういう東京に憧れる物語も少なくなっています。

速水 高度成長期にも『東京ナイトクラブ』や『有楽町で逢いましょう』のような曲が売れていました。高度成長期とバブル期は、上京する若者が増えた時代でもあります。