読書人の雑誌『本』
『量子的世界像101の新知識』著:青木薫---物理学者ホイーラーの慧眼
量子的世界像101の新知識
著者:ケネス・フォード/監訳者:青木薫
価格:1260円(税別)
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このたび講談社ブルーバックスの一冊として刊行された『量子的世界像101の新知識』に、監訳者として参加させていただいた。

じつは本書の原書に出会ったときは、「量子物理学の本なんて、もう山ほど出版されているのだけどなあ・・・・・・」と、ちょっと後ろ向きな気持ちだった。ところが、目次を開いてみたとたん、読んでみたい、いや読まねばならぬ、と思わされる項目がいくつも目に飛び込んできたのである。そうして引き込まれるように読み進めるうちに、どうもこれは類書がないのではないかと思うようになったのだ。

たしかに、一般読者に向けて「量子力学」のイロハを解説しようという本ならたくさんある。けれども本書のように、量子の発見から百年あまりを経た二十一世紀の視点で、量子物理学の全体像を見せてくれるほどのものは、ちょっとないと思うのである。

量子力学のイロハを説明するのなら、まあ、物理学者がその気になればそれなりのことはできるだろう。しかし、量子的世界像についてバランスの取れたヴィジョンを示すということになると、誰にでもできるというわけにはいかない。

ひとつには、物理の専門家というのは、当然ながら、専門分野以外のことには案外疎いものだからである。そしてもうひとつ、量子的世界像といったメタな観点は、じつは物理学者といえども、まともに学ぶ機会は意外とないからでもある。そもそも、そんな知識がなくとも研究論文を書くには困らないし、後述のように、むしろ「そんな〝哲学的〟な問題には首を突っ込むな」という雰囲気が、かつては間違いなく支配的だったのだ。

本書で取り上げられる話題は、原子のスケールから原子核、素粒子のスケールへと、どんどん小さな世界に降りていき、今度はそこから物性やテクノロジー、宇宙にまで広がっていく。しかもそれだけでなく、量子世界の非局所性や、エンタングルメント、観測問題といった、いわゆる「量子物理学の基礎」と呼ばれるテーマも取りこぼしがない。

こうした多彩な項目に対して、無駄のない簡潔さと十分な深さを備えた説明が与えられている。たとえば「重ね合わせ」という重要な概念を説明するにも、ちょっと誤解を招きやすい面のある「猫」ではなく、「スピン」を登場させていることにも慎重な配慮が感じられる。スピンは、ぜひみなさんに慣れ親しんでほしい、生粋の量子世界の住人なのだ。

一般向けの本でありながら、本書がそれだけの幅と深さを備えたものになりえているのは、ひとえに著者ケネス・W・フォードの力量のおかげなのだが、彼の経歴については「監訳者解説」で少し触れたので、ここではフォードの師であり、本文中にたびたび登場しているジョン・アーチボルト・ホイーラーのことを取り上げてみたい。

ホイーラーは、原子の研究で物理学者としてのキャリアをスタートさせ、コペンハーゲンのボーアのもとで原子核の研究を行い、そこからさらに一般相対性理論や宇宙へと視野を広げ、その長い人生のなかでつねに先端を走り続けた物理学者である。