昭和の理想の日本人像を60年間演じ続けた稀有な名優・宇津井健さんの偉業
TBSチャンネルより

このほど逝去した宇津井健さん=没年82歳=は生涯、「宇津井健」という役柄を演じ続けた希有な名優だった。その偉業を辿ると、戦後の映画史とドラマ史が浮かび上がって来る。

同じ役柄を演じ続けた力量と功績

宇津井さんの役柄は名前や設定こそ毎回違うが、いつも同じ。正義漢が強く、曲がったことが大嫌い。人情に厚く、困った隣人をほおっておけない。インテリなのだが、知識をひけらかすことはなく、無学の人を嘲笑することもない。親分肌なのだが、我を通すことはなく、周囲の意見をよく聞く---。戦後における理想の日本人像だった。

実際の人物像も役柄に近かったらしく、悪評を聞いたためしがない。とはいえ、同じ役柄を約60年も色褪せさせることなく演じ続けるのは、大変な苦労だっただろう。その力量と功績は高く評価されるべきであり、讃えられるべきである。

故・緒形拳さんは若い時分から悪玉と善玉を演じ分けた。故・森繁久彌さんも善良な市民と狡猾な男のどちらも演じた。同じ役柄を演じ続けながら、高い評価を保つ名優は、高倉健や故・渥美清さんら僅かしかいない。大スターの証でもある。ほかの役柄を演じたいと思うこともあるのだろうが、周囲やファンが簡単には許してくれない。

宇津井さんの役柄は54年、新東宝に入社した時点で確立されていた。同社は、東宝が終戦直後の労働争議によって制作を休止したことから誕生した。当初は東宝と似た文芸路線を敷いたが、東宝が制作を再開すると、存在意義が薄らぎ、手詰まりになる。このため、扇情的なタイトルを付けた大衆映画に活路を見出した。

肉体女優殺し 五人の犯罪者』(57年)、『女体棧橋』(58年)、『人喰海女』(同)。ピンク映画と見紛うようなタイトルだが、いずれも宇津井さんの主演作と準主演作である。実際の内容はタイトルと違い、エロでもグロでもなく、人間の業をテーマにしたシリアスな作品だ。

観客を呼ぼうと焦る会社の方針により、どぎついタイトルが付けられたが、現場の志は高く、作品はいずれも一級品。昭和20年代から30年代前半における社会や人心の乱れを見事に活写していた。映像には当時の文化や風俗がふんだんに収められており、この時代を知るには、ドキュメンタリーを観るより、新東宝の作品群を眺めるほうが早いと言ってもいいぐらいだ。

ちなみに『肉体女優殺し 五人の犯罪者』のメガホンを執ったのは、のちに東映で『網走番外地』(65年)を撮り、鬼才と称される石井輝男監督。特異な経緯で生まれた新東宝には、既存のルートを経ないで入社した異端児たちが集まっていた。役者陣にも故・天知茂さんや菅原文太ら個性派がそろっていた。

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