館淳一 第3回 「変態ということにかけてはわたしよりシマジのほうがはるかに上なんですよ」

撮影:立木義浩

第2回はこちらをご覧ください。

セオ まあ、編集者に酒はつきものですが、集英社3羽ガラスの一人、広谷直路さんは当時、集英社切っての大酒飲みといわれていたそうですね。いったいどれくらい飲んでいたんですか?

シマジ オールドを毎晩一本半は飲んでいたね。

セオ さすがは集英社ですね。オールドパーですか。

 シマジはオールドパーだけど、広谷はサントリーオールドですよ。

立木 それにしても広谷さんは真面目な酒豪だね。よく体を壊さなかったもんだ。

シマジ いやいや、毎日オールドを一本半も飲んでいると、学生時代にボートで鍛えた広谷の強靱な肉体もさすがにボロボロになっていった。あれは30代後半だったかな。

 『PLAYBOY』が創刊して間もないころだったな。

シマジ 肝臓がやられて顔が土気色になっていた。たまたま広谷の伯父貴が千葉の千倉で病院をやっていたので館とおれとでそこに入院させたんだ。

 2ヵ月くらい入院していたでしょうかね。よくシマジと見舞いに行きましたよ。しかし千倉は遠かった。

シマジ 退院してからも広谷はまたオールドを飲み続けては入退院を繰り返し、ついに肝硬変一歩手前までいったんだ。それでもどうにか回復して、いよいよ退院となったとき、館と相談して、おれが一人で病室に乗り込んで最後通牒を言い渡したんだ。

 これは泣かせる話ですよ。聞いてやってください。