文庫の森
2014年03月16日(日)

“学園のエースと平凡な女の子の恋愛”からは想像できない展開。若さゆえの寄る辺なさをえぐり出し、「愛」とは何かを問う、芥川賞作家・鹿島田真希の『来たれ、野球部』

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「奇妙で抑圧された、かけがえのない時間」

 

解説:柴崎友香(小説家)

『来たれ、野球部』著:鹿島田真希
価格:660円(税抜)
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もしも宮村奈緒と同じクラスだったら、わたしはなんとかして友達になろうとするだろう。屋上や音楽室を覗いたり、もしかしたら密かにファンクラブなんか作ってしまって、一人で過ごしたい奈緒には困った人だと思われてしまうかもしれない。

なんていう想像をついしてしまうくらいに、わたしはこの『来たれ、野球部』という小説が好きである。

鹿島田さんの小説には、ドストエフスキーやデュラス、芥川龍之介など先行作品があることが多く、それらに敬意を払って取り込みながら作品ごとに驚くほど違った手触りや味わいを提供してくれるのだが、読み終わるとそれはやはり「鹿島田真希」にしか書けない世界であると実感させられる。

来たれ、野球部』は、あきらかに漫画やアニメ、十代向けの小説などの流れを受け継ぎ、文体、語彙、約束事などを実にうまく使いこなしたうえで、今までに読んだことのない感触の物語が生まれている。

野球部のエースで学年一の優等生と平凡な(?)幼馴染みの恋という設定から、そのあとの展開を予想できる人はそうはいないだろう。

単行本の帯には、「私は文学を高尚なものにはしたくはなくて、ドストエフスキーやバルザックのように三面記事を読んでネタにするような娯楽読みものでありたいと、この小説を書きました」、と簡潔で挑戦的な著者の言葉が書かれている。

確かに、十年前に同じ学校に通っていた女子高生の自殺というスキャンダラスな出来事が物語の底にあり、恋愛の行方や登場人物たちの思惑などを覗き見するような構成で進む。息もつかせぬスピーディーな展開、というよりは、ハイテンションかつ少々強引に感情は転がっていき、その飛躍に驚かされたり笑わされたりしているうちに、奈緒と喜多の心の内側の声に、友達みたいな親しさを感じてしまう。

漫画やアニメを踏襲した設定の中でも、宮村奈緒は、特にオタク的な文脈を踏まえたキャラクターで、その行動やセリフに、あー、こういう子いるなあ、と愛しくなってしまう(みやむー、と呼ばれるのは、やはり声優の宮村優子を意識しているのだろうか)。

たとえば、こんなセリフを読むと容易にそのしゃべりかたが聞こえてくる。

「だってねえ喜多さん。しょうがないじゃないですか。若い乙女は、きっと霊の世界に興味がおありなんですよ」
「いやあ。キューブリック先生は、最高っすねえ」
「うん。じゃあ宮下さんは宮っさん」

・・・・・・いいなあ、こういう女子(こういう気持ちが「萌え」だろうか)。

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