雑誌
3・11から3年
どんどん濃縮される「汚染水」
どんどん忘れる「日本人」

タンク1つにおよそ1000tの汚染水が詰まっている〔PHOTO〕gettyimages

一喜一憂すべきとは言わない。前を向くことも必要だ。だが、日本人はあまりにも、放射能の危機に慣れきってしまったのではないか。「あの日」の私たちが3年後の日本を見たら、何と言うだろう。

汚染水より五輪に夢中

「もう、震災は終わったんです」

宮城県仙台市青葉区、東北最大の繁華街・国分町。飲食店に勤める30代の女性は、そう言って笑った。

「今になってもあの時の話をする人は野暮ですよ。お客さんの入りは、すっかり震災の前と変わりません」

あの「3月11日」から、まもなく3年が過ぎようとしている。

復興需要は衰える気配を見せない。青森県や山形県、宮城県では、高校卒業者の内定率が高水準を記録している。建設・土木関連企業は東日本を中心に好業績を維持。被災地の復興がひと段落したら、このまま2020年の東京オリンピックへとなだれ込むぞ—そんな声が日本のあちこちから聞こえてくる。

一方で、東日本大震災の発生直後から福島県に入り、放射線量測定や除染で今なお県内を走り回る、獨協医科大学准教授の木村真三氏はこう言う。

「福島県内で講演をすると、いまだに『洗濯物を外に干してもいいんでしょうか』『外に出るときは、マスクを付けたほうがいいんですか』といった質問をよく受けます。専門家もメディアも頼りにならない。誰の言うことを信用していいのか分からない。手探り状態のまま、福島で暮らしてゆくほかないという方が、まだたくさんいるんです。

原発に対する日本人の危機感は薄れてゆく一方ですが、福島県民は今も、不安の中で生きています」

「いまさら震災のことを蒸し返してほしくない」という向きもあるかもしれない。だが、いくら東北の景気が回復しつつあるといっても、福島県の、そして福島第一原発のおかれた状況が変わったとは言いがたい。そのことを如実に示しているのが、超高濃度汚染水の漏洩事件だろう。

先月20日、福島第一原発の敷地内に置かれた汚染水タンクから、水が大量に溢れ出ているのが発見された。タンクに入る汚染水をコントロールする弁が開きっ放しになり、十数時間にわたって、満水のタンクへ汚染水が注がれ続けたのだ。

溢れた汚染水は110t、一般家庭の浴槽で言えば約500杯分である。また、検出された放射性物質の量は、ベータ線核種だけで1リットルあたり2億3000万ベクレル。原発事故後に見直された飲料水中の放射性物質許容量が1リットルあたり10ベクレルだから、いかに高濃度であるかよく分かる。

オリンピック招致合戦のさなかの昨年8月、1リットルあたり8000万ベクレルの汚染水300tがタンクから漏れた際には、日本中が大騒ぎになり、政府は火消しに躍起になった。安倍総理が9月のIOC(国際オリンピック委員会)総会で「汚染水は完全にブロックされている」と発言し、大批判を浴びたことは記憶に新しい。

あれからたった半年しか経っていないにもかかわらず、そして3倍以上に「濃縮」された放射性物質が漏れたにもかかわらず、もはや誰も汚染水のことを口にしない。

「汚染水の濃度がどんどん上がってきている事実については、国や東京電力もそのまま公表しています。しかし今回は、公表のタイミングがソチオリンピックや大雪と重なったこともあり、一般の人々の目はそちらに集中していた。その結果、危機意識が高まりませんでした」(前出・木村氏)

しかも、わずか1週間後の26日には、突如として福島第一原発1・2号機の中央制御室が事故後初めて報道陣に公開された。このタイミングで不要不急な内部施設公開を行った背景には、事態をカモフラージュする意図も感じられる。

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