【第4回】第一章 アベノミクス「第三の矢」は所得格差を拡大する(後編)
~労働者「逆転政策」、
「非正規雇用の正規雇用化」を実現せよ!~

【第3回】はこちらをご覧ください。

人件費の変動費化は企業の競争力を削ぐ

かつての日本企業にとって、人件費とは固定費であった。中曽根康弘内閣が派遣労働を解禁するまで、我が国の雇用の中心は正規雇用だったわけである。

企業は売上の変動にかかわらず、固定費として社員に人件費を払う。社員は終身雇用制度の下で安定的な身分を確保し、企業に対する帰属意識、ロイヤリティ(忠誠心)を高めていく。いつしか、社員の心中で、

「会社のために」

という気持ちが強まり、自らの中に技術、スキル、ノウハウ等を蓄積していく。すなわち、企業のコアコンピタンス(中核的能力)である「人材」へと育っていったのである。

そして、人材の集合体こそが「企業」なのだ。日本企業の強みは、安定した雇用環境の下で自らの能力を「会社のために」高める人材によって裏打ちされていた。

当たり前の話だが、人材とは「働く経験」なしでは育たない。例えば、読者の会社に高い教育を受けた新入社員が入社してきたときを想像してみてほしい。彼、彼女はいい大学を卒業し、性格も悪くなく、真面目で、真摯で、コミュニケーション能力にも優れている。一見、非の打ち所がないように見えるこの新入社員が、読者の会社において即戦力になれるだろうか。

なれるはずがない。何しろ、彼、彼女は読者の会社の業務について、何も知らない。

というわけで、読者は新入社員に業務を教え込む。OJTを実施し、当初は読者が同伴することで、新入社員に「仕事」を覚えていってもらう。

やがて、新入社員が一人で仕事にチャレンジし、ほぼ確実に「失敗」する。読者は怒り、彼、彼女を叱り飛ばす。

「何をやっているんだ! お客様に迷惑をかけて!」

と。

新入社員は落ち込み、反省し、やがて立ち直る。自らを鼓舞し、かつての元気を取り戻し、

「もう一度、やらせてください」

と言ってくる。読者は不安に駆られながらも、再度、新入社員に一人でチャレンジさせてみる。そして、またもや失敗する。読者はため息をつく。

とはいえ、やがて時間が経過し、新入社員も仕事を覚え、失敗の数が減っていく。仕事への挑戦、失敗、そして時に成功を繰り返すことで、やがて彼、彼女は読者の会社にとって「宝」である人材へと育っていくわけだ。

上記の「挑戦、失敗、成功」というプロセスは、読者の多くも経験しているはずだ。この世に一度も失敗したことのない社会人など、存在するはずもない。

何を言いたいかといえば、人材が創出されるためには「働く機会」が必要という話だ。どれだけ立派な教育を受けていたとしても、働くという経験をしない限り「人材」にはなれない。

デフレ深刻化(98年)以前の日本では、多くの国民が正規社員として雇用され、人材になる機会を与えられていたのである。結果的に、我が国の企業の競争力は高まった。

無論、ここでいう「競争力」とは、モノやサービスを生産する力、という意味になる。グローバル市場における価格競争力の話ではない。

ところが、昨今のマスコミやエコノミストたちは、グローバル市場における価格競争力を「国際競争力」と表現する傾向が強い。国際競争力(そもそも定義不明な用語なのだが)がグローバルな価格競争力とイコールになってしまうと、国民所得が高い日本の企業は必然的に不利になる。

グローバル化が容赦なく進展し、日本の大手輸出企業は国民所得が低い国々(新興経済諸国など)の企業と競争を強いられる状況になった。結果的に、人件費の変動費化のニーズが高まり、橋本龍太郎内閣、小泉純一郎内閣により派遣労働の拡大が実施された。

正規社員を派遣社員に切り替えることで、日本企業は確かに人件費を削減することができた。とはいえ、当たり前の話だが、派遣社員は会社への帰属意識が低く、自らを「会社のための人材」として成長させようなどとは思わない。そもそも、派遣労働は短期契約が原則であるため、派遣社員にノウハウ等が蓄積されたとしても、数年もしないうちに企業から失われてしまう。

正規雇用を非正規雇用に切り替えた企業は、「短期」で見れば人件費を削減し、企業の利益を拡大するという便益を享受する。とはいえ、長期的に見ればどうだろうか。企業の「コア」たる人材が育成されない結果、長期的には企業の競争力(しつこいが、価格競争力ではない)が削がれるというリスクを冒すことにはならないか。

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