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哀愁のサラリーマン人生別れの春がやってきた お父さんは今日、出向になった トヨタ、パナソニック、新日鐵住金、三菱東京UFJ銀行
〔PHOTO〕gettyimages

——突然、上司に呼ばれて告げられた。妻は「どうするの」と詰め寄り、結婚式を控えた娘は「相手の親に言えない」と泣いた。

でもこれがパパの人生なんだ、わかってくれ

勤続30年。会社も家族も祝ってくれるものだと思っていた。待っていたのは「出向」という名の片道切符。こんなはずじゃなかった。オレのサラリーマン生活は一体何だったのか。それでも人生は続く。

かつての部下に頭を下げた

「30年にわたる社業への貢献には、心から感謝している。その経験を、これからは関連子会社で活かしてもらえないだろうか」

呼び出された役員室のソファに座るなり、新日鐵住金のある部長は担当役員からそう告げられた。55歳のときのことだった。半ば覚悟はできていたつもりだったが、実際にその言葉を告げられると、一瞬、頭の中が真っ白になった。

'70年代後半、新日鐵に入社。同社は当時、日本の製造業としては最大規模であり、世界有数の製鉄会社だった。2度にわたるオイルショックを乗り越えた日本の製造業は、世界で高い評価を得て「ジャパン・アズ・ナンバーワン」ともてはやされた。

それからバブルの狂乱時代がやってきた。バブルが弾けると、長い長い停滞期に入る。'12年には長年、ライバル関係にあった住友金属と合併。その時期に会社を去っていった同期や同僚も多い。

「うちは出向しても60歳までは本社の待遇と同じです。その点は恵まれていますが、それでもいよいよ新日鐵を離れるのかというショックは大きかったです」

彼は悔しさをにじませながら、こう振り返る。出向にあたり、人事部からはこう釘をさされたという。

「もう、これまでのような管理職意識は通じませんからね。出向先で本社の部長風を吹かせて3ヵ月も保たずに追い返されてきた人もいますので、くれぐれもご注意を」

出向してみて、あらためて自分の立場を知ることになった。仕事をくれる本社の担当者が、かつての自分の部下だったのだ。

「皮肉な巡り合わせですが、嘆いてみても始まらない。決して怒らない、威張らないを肝に銘じました」

かつて部下だったその担当者は、気を遣ってか必要以上に丁重なもの言いをしたが、その気の遣われ方がかえって辛かった。

だが、それ以上にこたえたのは、娘が投げかけた言葉だった。

「お父さん、なんとかならないの?せめて私たちの式がすむまで」

じつは、出向から2ヵ月後に娘の結婚式をひかえていたのだ。この男性は世界的メーカーの「企業戦士」として、ご多分に漏れず、家庭を顧みずに働いてきた。家族がそれを許したのも、「パパは世界を相手にお仕事を頑張っている」、そう理解していてくれたからだ。毎年行われていた社員運動会で娘は、彼の後輩社員から可愛がられ、心から楽しそうだった。娘は「パパはエリートサラリーマン」ということに誇りを抱いて大きくなった。

だが、結婚式を前に、その「新日鐵」という冠がなくなってしまう。彼の出向先は、約100社を数えるグループ企業のひとつで、その社名からは同社の関連企業であることをうかがい知ることはできない。

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