TBSドラマ半沢直樹の原作者・池井戸潤がおくる“もやもやした気持ちをバッサリやってくれる、痛快度ナンバーワン小説”『新装版 不祥事』この春日テレ系で連続テレビドラマ化!

解説:村上貴史(文芸評論家)

世の中をよくしていこう

新装版 不祥事』著:池井戸潤
価格:695円(税抜)
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■第十一作
勇気と夢を持って頑張ろう――池井戸潤が2011年に直木賞を受賞した『下町ロケット』を読んでそういう気持ちになった人は少なくないだろう。本稿執筆時点で32万部の大ヒットという『下町ロケット』に寄せられた賛辞にもそういう言葉が並んでいる。その『下町ロケット』と同じ根っ子は、2004年に単行本として刊行されたこの『不祥事』にも確かに存在している。

それを象徴する言葉を、ヒロインの銀行員・花咲舞が第一話「激戦区」のなかで放っている。

「そんなことじゃ、銀行はいつまで経っても良くならないわ」

そう。銀行をよくすること、皆が幸せになることを真剣に願って花咲舞は行動するのである。どうせそんなものだろうなどと斜に構えたりせず、変なことを変だといって、彼女は動き続けるのである。『下町ロケット』で、佃製作所の面々が大企業の論理や横暴に立ち向かいながら、あるいは困窮や疲弊に負けそうになりながらも必死でポジティブに動き続け、正論を貫き通したように。

そんな花咲舞が主人公を務めるこの『不祥事』、実に痛快な一冊である。

■全八話
第一話の冒頭で、ヒロインの花咲舞は、東京第一銀行代々木支店を離れ、事務部事務管理グループに異動する。本部調査役である相馬健の部下として、相馬と二人で事務処理に問題のある支店を個別に指導し、解決に導く臨店という仕事を担当することになったのだ。花咲舞にとって、相馬はまんざら知らない間柄ではない。代々木支店時代にも彼の部下だったことがあるのだ。

そんな仲であるにもかかわらず(そんな仲だからこそ、かもしれない)本部調査役として舞を迎えた相馬が漏らした言葉は「く、狂咲! なんでお前が――!」であった。上司を上司と思わないはねっ返りだった花咲舞を、相馬は狂咲と呼んで苦手にしていたのだ。

という具合に相当にとんがったヒロインの舞と、彼女をもてあまし気味で、しかもぐうたらで、かつ過去は凄腕の融資マンだった相馬のコンビが活躍する八篇が本書には収録されている。読者はその八篇をそれぞれに独立した短篇として愉しむことも可能であるし、全体を一つの長篇として読むことも可能な造りとなっている。

第一話「激戦区」では、自由が丘という競合他行も力を入れている土地を舞台に、東京第一銀行自由が丘支店でのトラブル多発問題が描かれている。トラブルのなかには三千万円の誤払いという大きなトラブルもある。優秀な人材を集めたはずの激戦区の支店で、一体何が起きているのか。相馬と舞は自由が丘支店に臨店する・・・・・・。

この第一話で池井戸潤はまず、自由が丘支店の内部の人間関係の歪みを相馬と舞に洗い出させている。何故歪んだか、という原因を含めてだ。その歪みとトラブル多発を巧みに絡めることで、支店の現場の苦悩をくっきりと描き出している。そして、その背景にいる人物――将来の頭取候補といわれる執行役員兼企画部長の真藤だ――の存在を読者に意識させた上で、最大の謎である誤払いの問題に終止符を打つ。苦い終止符を。イントロとして十分に機能的で、一篇のミステリとしても美しい。

続く「三番窓口」では、一億円規模の詐欺計画と並行して、真藤一派対相馬・花咲コンビの戦いが勃発する。半年間に重大なミスが二件発生した神戸支店を訪れた相馬と舞を真藤一派の罠が待ち受けているのだ。果たして相馬と舞は罠にどう立ち向かうのか、そして、詐欺計画は成功するのか。こうした暗闘と対比させるかのように支店窓口にけなげな新人を配置した著者の技もなかなかに巧みだ。

第三話「腐魚」は、老舗百貨店のオーナー社長・伊丹清吾に食い込もうとする真藤を描きつつ、相馬と舞が訪れた新宿支店での融資トラブルを描く。付き合いも長いし、小幅だが黒字も出している企業への融資を、末席の融資担当が拒否したのだ。それによって、その企業は倒産への道を歩み出すことになる。その融資担当は、行内でも傍若無人な振る舞いを続け、ルールも守らない。それでも新宿支店では誰も叱ろうとしなかった。それもそのはず、その融資担当は、伊丹清吾の息子だったのだ・・・・・・。

御曹司の甘えを花咲舞が正面から叩きのめす様が実に痛快な一篇だ。舞の一撃のうえでのピリオドもさらに痛快。それらが銀行の本分は何かを指し示しているから、完璧なまでに痛快である。

金融庁の検査という、銀行にとって最もピリピリするイベントが第四話「主任検査官」の題材だ。

普段なら目をつけられないはずの小規模店、武蔵小杉支店に金融庁の検査が入った。どうやら同支店での書類隠蔽に関して内部告発があったらしい。相馬と舞は内部告発者を探るべく、武蔵小杉支店に送り込まれる。「隠蔽しなきゃならないような融資態度をあらためるべきなんじゃないんですか!」と憤る舞をなだめつつ支店に乗り込んだ相馬は、そこで札付きの役人が検査に来ていることを知る。ノンキャリアとして金融庁で日々を送るうちに、心が歪んでしまった男が・・・・・・。

キャリア組と絶対的な差をつけられたなかで男のプライドが歪みに発酵する様を読者に示しつつ、池井戸潤は返す刀で銀行員の出世争いの醜さも描いている。そのうえで、この醜いドラマをなんとも痛快なかたちで決着させてみせた。組織のなかで心が病んでいくという問題を正面から解決する決着ではないが、それでも、改善のきっかけにはなるだろう――なってほしいものだ。

第五話「荒磯の子」は特にミステリファンの心に響く一篇。
激務で知られる蒲田支店に相馬と舞が〝応援〟として送り込まれることとなったのは、真藤一派の差し金であった。ボロを出させて臨店失格という烙印を押そうというのだ。その激務のなかで舞は〝荒磯の子〟という子供会の口座の動きが不自然であることに気付く・・・・・・。

金の流れを多様な角度から検証し、真相に迫っていく。そのスタイルがまずミステリファンの心を捉えるだろう。そしてその果てにこの一篇は実に大胆に着地するのだ。犯人も大胆だがそれにもまして作者は大胆。不意打ちの効果もあって、その大胆さはいっそう強く心に刻まれることになる。

第六話「過払い」では銀行員の心を掘り下げる。
相馬と舞が臨店中の原宿支店で、過払いというトラブルが発生した。店頭係の中島聡子が、現金を百万円多く客に渡してしまったらしいのだ。だが、客は受け取っていないという。その場面を撮影したビデオの映像からは受け取っていそうにも見えるのだが、それでも客は否定し続けた・・・・・・。

渡したか、渡していないか。そこに注目し続けながら関係者をそれぞれ描いていくことで、池井戸潤は銀行の組織や制度、そしてそれに振り回される心を浮き彫りにしていく。今回の舞は派手に暴れるのではなく、事実を一つずつ追って淡々と真相に迫っていく。そのアプローチが、最後に明らかにされる哀しみと実にしっくりと調和している。

続く「彼岸花」も変化球。真藤のもとに彼岸花が送られてきた。縁起でもない。真藤の片腕である企画部調査役の児玉はその花を送り返そうとして、奇妙なことに気付く・・・・・・。

この第七話は、児玉が彼岸花をきっかけに真藤の過去を探っていく一篇である。つまり相馬でも舞でもなく、児玉が探偵役として真藤を掘り下げていくのだ。児玉は、敵意を宿した視線ではなく、身内の冷静な目線で真藤の過去に迫っていく。そして、彼岸花が送られた理由を突き止める。銀行という組織のなかで猛スピードで出世してきたエリートの過去を。自分も野心を抱きつつ、それを知った児玉が最後にとる行動のバランスが絶妙である。まさにピンポイント、ここしかないという点で決着している。

こうして真藤の姿を掘り下げてから、読者には最終話「不祥事」が提示される。

約九千人分の給与データを格納した光ディスクが消えた。それも本店営業第二部のなかでだ。それも伊丹百貨店の給与データが、だ。データの紛失という事件自体が前代未聞であることに加え、取引先が伊丹百貨店という極めて重要な顧客であることも、問題をより深刻なものにしていた。東京第一銀行では、総務部や事務部など、総力を挙げてデータの発見と問題の調査を進めることとした。その調査委員会の委員長は、真藤企画部長である。事務部から調査委員会に参加したのは、もちろん相馬と舞だった・・・・・・。

消失事件を扱うミステリとしてまず愉しい。現象を分析し、可能性を吟味し、質問を重ね、そしてロジカルに真相に迫っていくという、まさに王道のミステリだ。しかもこの短い長さのなかで様相が二転三転するところも嬉しい。そのうえで、だ。ラストの一話に相応しく、相馬や舞、真藤などの〝オールスター〟が一堂に会するクライマックスが用意されているのである。なかなかに心憎い演出だ。

■一冊
それにしても花咲舞、強烈なキャラクターである。曲がった奴には平手打ちも辞さず、相手が権力者であろうと正論を貫き通す。その上テラーとしても極めて優秀だ。

そうしたキャラクター設定を小説としてのリアリティを逸脱すると見る向きもあるかもしれないが、優秀な彼女がそこまで徹底して強烈に正論を貫き通すからこそ、歪んだ価値観に支配された銀行員たちの醜さがクッキリと浮き彫りになるのである。優秀さを世の中をよくするために活かそうとする舞を通じて、優秀さを自己の出世のためだけに活かすエリートたちの醜さがより強調されるのだ。しかも、舞の視点ではなく主に相馬の視点から描かれているために、舞に委ねられた池井戸潤のメッセージが読者に実に明瞭に伝わってくる。だからこそ、この逸脱は積極的に是として肯定したい。

その上で『不祥事』という小説の全体を眺めてみると、花咲舞のキャラクター以外は、第三話で登場した伊丹の息子という例のボンボンにボンボンらしさが凝縮されて戯画化されている程度で、全体としては十分にリアルであることに気付く。

銀行の内部描写は、元銀行員であるだけにもちろんリアルだが、特筆したいのは全体の流れである。本書全体を貫く大きな流れである相馬・花咲コンビと真藤一派の対決の物語が、実に落ち着いた着地をしているのだ。現実を知る大人の着地といえよう。それがしっくりと来るのは、舞が放つメッセージの本質が常に正論であり続けることに加え、第七話で真藤一派の内面を掘り下げたことが有効に機能しているのだろう。ともすれば舞の痛快な暴れっぷりだけに目が行きがちだが(これはこれで正しく愉しい読み方だ)、再読する際には、大人の物語としての面にも注目してみていただきたい。

こうして一冊の本としてきっちりとコントロールされている八篇の連作だが、冒頭から順に書き上げられたわけではない。まず第六話となる「過払い」を「ジェイ・ノベル」2003年4月号に発表し、その後、他の作品を同誌04年1月号から七月号に発表していくかたちで完成したのだ。にもかかわらず、「過払い」は第六話としてしっくりとこの物語に収まっている。作家としての巧みさを感じる点として指摘しておきたい。

さて、「過払い」の執筆の一年ほど前、池井戸潤は『BT,63』の後半部分の書き下ろしも行っていた(第七章までは「小説トリッパー」に連載)。この『BT,63』において、池井戸潤は花咲舞に匹敵する強烈なキャラクターを生み出している。猫寅(ねことら)だ。

川崎の歓楽街の片隅の店でコップ酒を嘗めている猫寅。
アコーディオンの調べとともに現れる白装束の巨漢、猫寅。
片足が義足で、その義足で強烈な蹴りをみまう猫寅。
義足でギアを巧みに操って白いスクーターを猛スピードで走らせる猫寅。
死体をひょいと担いで歩く異形の坊主、猫寅。

脇役であるにもかかわらず、存在感は圧倒的だ。ひっきりなしに登場しているわけではないが、とにかく読者の記憶に刻まれるキャラクターである。花咲舞に親しんだ方には、是非『BT,63』を通じて、彼女の対極に存在する猫寅を体感していただきたい。

花咲舞に関してもう一人注目すべきキャラクターは、その前年(2001年)の11月に連載を開始した『銀行総務特命』のヒロイン、唐木怜である。彼女は舞よりもクールだが、それでも時に思い切った行動をとる。必要であれば、男を思いきり蹴り飛ばしたりするのだ。『銀行総務特命』に収録された八つの短篇のひとつの結末でこのキックが登場するのだが、実にあっぱれで痛快。池井戸潤がこうしたシーンを書く愉しさにここで目覚め、それで花咲舞を生んだのではないかと想像したくもなる。一読をお勧めしたい。

■2004年
その『銀行総務特命』は、池井戸潤にとって二冊目の短篇集であった。

第一短篇集『銀行狐』は、『果つる底なき』で一九九八年に第四十四回江戸川乱歩賞を受賞してから三年ほどで書かれた五つの短篇を収録した作品集であり、それぞれの短篇はミステリ色の濃い独立したものであった。

続く第二短篇集『銀行総務特命』では、全体が週刊誌に連載されたこともあって主人公がほぼ統一され、なおかつ一冊の本としての全体のストーリーも(それが作品の直接の主題ではないが)盛り込まれてきた。第三短篇集『仇敵』や第四短篇集『金融探偵』になると、連作としての色彩が非常に濃くなる。前者であれば大手銀行を辞職に追い込まれた男が強大な敵に復讐する物語だし、後者であれば、銀行を解雇された男が私立探偵として独り立ちしていく物語である。個々の短篇の魅力と一冊の本としての魅力の両者を重視した作品となっているのだ。第五短篇集『不祥事』も、この流れの上に完成した作品といえよう。

『不祥事』が刊行された2004年、池井戸潤は実に五冊も新作を刊行している。銀行内部の抗争から宝探しの冒険へと展開する『最終退行』にはじまり、スーパーマーケット爆破事件と銀行内部の抗争を絡め、逃走劇も加えた『株価暴落』、前述の『金融探偵』に本書、そして銀行員視点で描いた銀行劇『オレたちバブル入行組』の五冊である。何らかのかたちで銀行が絡むという共通項はあるが、それぞれに異なるテイストのエンターテインメントが五冊だ。そのうち四冊は連載をまとめたもので書き下ろしは一冊だけだが、この2004年には『銀行仕置人』や『シャイロックの子供たち』の連載も抱えていたわけで、とにかく量を執筆し、しかも質を維持した一年だったといえよう。

そんな一年は、池井戸潤にとって作家生活を振り返る上で重要な一年だった。『シャイロックの子供たち』の執筆中に、登場人物のとらえ方に関する変化があったというのだ。その変化を筆者なりに要約すると、作中の役割に応じて登場人物を生み出して物語を作り上げるのではなく、作中人物が生きて動くからこそ動いていく物語を書く面白さに目覚めたということだ。その変化のあとに発表した作品は、例えば『空飛ぶタイヤ』(直木賞候補で吉川英治文学新人賞候補)であり『オレたち花のバブル組』(山本周五郎賞候補)であり『鉄の骨』(吉川英治文学新人賞受賞で直木賞候補)であり『下町ロケット』(直木賞受賞)である。変化が、作家池井戸潤にとってプラスに働いたと見ることができよう。

だが、冒頭で記したように、『不祥事』の花咲舞も『下町ロケット』の佃製作所の面々も根っ子は一緒なのである。その点に関しては、池井戸潤は変わっていない。

だからこそ、今また花咲舞の活躍を読んでみたいと思う。『シャイロックの子供たち』以降の作劇法で造形された人物たちのなかでパンチを繰り出す舞の姿を読んでみたい。そう思うのである。

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『新装版 不祥事』
著者:池井戸潤
講談社文庫 / 定価695円(税別)
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