栗城史多【第2回】「自分の限界値を越えた瞬間の苦しみに感謝するこで、ピンチの中に学びと希望を見出します」冒険を共有し挑戦の火を灯す「チャッカマン」という仕事

2014年02月28日(金) 慎 泰俊
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下山の最中に凍傷になった両手足

栗城: でも、2012年はそういうトラブルが一切なく、僕は西稜ルートというところから登っていったんですが、それもすごくうまくいったんですね。

ただ秋のエベレストの問題点は、ジェットストリームという成層圏に流れる風があるんですが、冬に近づくにつれてヒマラヤまでそれが下りてくるんです。この風が吹くと人間はそこにいられなくなるんですが、僕が行ったときの天気予報では8500mくらいの地点で30−40m/sもの風が吹いていて、それが2週間続くということでした。でも、そんななか一瞬だけ風が弱まるところがあるので、最後はそれを突いていくんです。

僕のベースキャンプの場所には、韓国隊やスペイン隊もいて、最初にスペイン隊が別のルートから登っていったんですが、2人のシェルパが風に飛ばされて亡くなってしまいました。今度は1人で登っていくという人がいたんですが、7000mで断念することになったんです。そこで、次に誰が行くんだということになって、僕が行く、という流れになりました。そのときのベースキャンプには、次は誰が帰ってこなくなるんだろう、みたいな空気があって……。

僕はけっこう慎重派で、7000m地点で2日間風が弱まるのを待ち続けて、最後のチャンスはここしかないというところで向かっていったんですが、どんどん風が強くなっていって、8070mくらいのところで下山を考えたんです。これ以上風が強くなったら、上に行っても飛ばされるだけだし難しいと思ったんです。

そして、その下山の最中に自分の両手両足が凍傷になってしまったんですね。

慎: 韓国隊やスペイン隊の人たちも途中で引き揚げたということなんですか?

栗城: スペイン隊でもベテランの方々も上がっていったんですが、シェルパも2人飛ばされてしまって、韓国隊はアタックせずに帰りました。おそらくあの年は誰も登頂できなかったと思いますね。

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