読書人の雑誌『本』
『皿の中に、イタリア』著:内田洋子---皿の中に、さまざまな生き方
皿の中に、イタリア』著:内田洋子
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ミラノで、同じような毎日を送っている。
朝早く目を覚まし、犬を連れて近所を歩き、街路樹の様子から季節が巡るのを知って、家に戻る。エスプレッソコーヒー、ときどきビスケット。

今日は月曜日だったのか。
聴きかけのラジオニュースを消し、急いで階下へ戻り、広場にある公共市場まで買い物に行く。週明けだというのにミラノの月曜日は定休で、午後には食料品店がすべて閉まってしまうのだ。

顔馴染みの精肉店の店主は、がらんとしたガラスケースを前にビニール袋を整えたり、伝票をめくったりしている。
声を掛けると、彼は大きく目を見張り、何も言わずにそそくさと奥の冷蔵室へ入っていったかと思うと、大きなビニール袋を担いで出てきた。

「今日のおすすめは、これだけなのですがね」

掲げて見せた袋のなかには、白い半透明の大きなかたまりがいくつも入っている。
胃袋や腸のぶつ切りだった。
学生時代に住んだナポリでは、臓物は下町料理の代表格だった。
丹念に水洗いしたあと茹でて、塩をし、ざっとレモン汁をかけて食べる。

あの頃は、露天商が屋台の軒先にレモンを束ねて吊るし、ガラスの仕切り板で囲った中に大量の茹でた臓物を入れて、屋台を引いていた。路地裏をゆっくり練り歩きながら、大きな声で売り声を響かせ、ところどころで屋台を停めては量り売りをした。道行く大人も子供も、路上で臓物の塩茹でを食べるのがごく当たり前のような顔をして、舌鼓を打っていたのを思い出す。

大学を出てミラノで暮らすようになり、この町の精肉店のガラスケースの中にも臓物があるのを見て、仰天した。南部イタリアの下町に限られた食材で、お高い北部の店先に並ぶとは思いもよらなかった。白っぽい臓物を見て、あまり仲の良くなかった旧友に再会したような気がした。

あまりぞっとしない見てくれに、私は臓物が苦手で、自分で料理してみようとは思わない。それをよく知っている店主は臓物入りの袋をわざわざ見せて、品揃えの薄い月曜日に買い物に来るな、と暗に告げたのである。