岸見一郎×古賀史健【第2回】自ら「幸せになる勇気」さえ持てれば、人はいま、この瞬間にでも幸せになれる

『嫌われる勇気-自己啓発の源流「アドラー」の教え』

岸見: すごく危険ですね。たとえば「対等な横の関係」というアドラー心理学の基本概念をしっかり理解していなければ、アドラー心理学で語られる技法は有害以外の何物でもありません。アドラーの本を読んで「これは使える」という発想をした人はアウトなのです。アドラーが唱えたのは自分を変える方法であって、他者を操作する技法ではない。毒にも薬にもならない心理学ではなく、毒にもなるし薬にもなる。その意味で私は、アドラー心理学のことを「劇薬」だといっています。

足りないのは「幸せになる勇気」だけ

---いま日本で『嫌われる勇気』がこれだけ話題になっているということは、時代がアドラーに追いついたのか、あるいは、いまの日本が置かれた状況とアドラーの思想がシンクロしているようなところがあるのでしょうか?

岸見: 私はアドラーの『人間知の心理学』と『性格の心理学』という著書を翻訳しているのですが、伝記によるとこの2冊はミリオンセラーになったというんですね。でも、なぜそんなに売れたのかと思ってしまうくらい難解なんです。とても出版戦略だけじゃ説明しきれないなにか、時代がアドラーを求めていた側面があると思うんです。いま『嫌われる勇気』という本がこれだけ短期間で好評を博しているのは、そういう波が遅れて日本にも来ているのかもしれません。

古賀: 多くの人が「自分がいま幸せじゃなくて、なにかが足りない。じゃあ、そのためになにをしたらよいんだろう?」ということを考えると思います。そのときに「会社がよくない」とか「いま付き合っている友人たちがよくない」とか「家庭環境がよくなかった」と考えると思うんですが、この本でひたすら説いているのは「足りないのは勇気」ということなんです。

幸せになりたかったら「幸せになる勇気」が必要で、幸せになるためには多少の「嫌われる勇気」も必要になる。その勇気を持つことができれば、人はすぐにでも幸せになれる。でも、日本では「勇気」という言葉自体があまり使われないですよね。普遍的な言葉なのに、すごく新鮮に響いているところがあるかもしれません。「勇気を持ちさえすればいい」という考え方は、腑に落ちました。