岸見一郎×古賀史健【第1回】今こそ求められる「承認」ではなく「貢献」によって自分の価値を実感する勇気

『嫌われる勇気-自己啓発の源流「アドラー」の教え』

古賀: 目的論の立場で考えると、「私は学歴が低いから成功できない」とか「私は複雑な家庭環境に育ったら幸せになれない」といった話も通用しなくなる。前者の場合でいうと「成功するのに必要な努力をしたくないから、学歴の話を持ち出している」となるわけですね。

岸見: アドラー心理学では、それを「劣等コンプレックス」といいます。

古賀: でも、逆に考えると「過去にどんなことがあったとしても、これからどんな道を選ぶこともできるし、幸せになることもできる」という話になる。人生に言い訳を許さない厳しさを持ちながら、同時に希望に溢れているんですよね。

岸見: たとえばカウンセリングの現場でも、この世の終わりのような顔をして「息子が引きこもりなんです」と訴える親御さんがいます。でも、そういう姿をしておられるのには「目的」があるんです。近所の人、親戚、私に「子どもが学校に行かなくて大変ですね」といってほしい。自分の不幸の原因は、息子なのだと思いたいのです。しかし、カウンセリングを重ねて息子さんとの関係が変わっていくと(息子さんが変わるのではありません。変わるのは自分であり、息子さんとの関係です)、親御さんはみるみると若く、美しくなります。「子どもが学校に行かない不幸な親」を演じる必要がなくなるからです。

古賀: いまのお話は、アドラーが唱える「すべての悩みは対人関係の悩みである」という言葉とつながりますね。

岸見: まさに。人は孤立して生きているわけではありません。もちろん、お子さんが引きこもっているのに明るく振る舞っていたら、「あそこのお母さんは、子どもが学校に行ってないのに、なんであんなに元気なの?」と近所の人に後ろ指をさされることもあるかもしれません。でも、子どもとの関係が変わり、自分が幸せになるのなら、世間から嫌われてもいいじゃないかと。そういうことです。

息子から問われた「嫌われる勇気」

---『嫌われる勇気』というタイトルになった経緯、そこに込められた思いとは?

岸見: きっと多くの人が「嫌われるのが怖い」という気持ちを持っているので、意表を突くタイトルではありますよね。そしてこの「嫌われる勇気」は、僕が息子から問われた言葉でもあるんです。

---息子さんから?

岸見: ええ。息子が高校生のとき、僕に向かって「君はそんなに人に嫌われるのが怖いのか」と言ったんですね。いまになって考えると、当時の僕は他者から嫌われることを怯えていました。一方、幼いころからアドラー心理学に接してきた息子は、他者から嫌われることを恐れていないし、とても自由な生き方をしている。僕より30歳も若い息子が、自分がなかなか乗り越えられなかったことをやすやすと乗り越えていることに気付いて、愕然としました。