岸見一郎×古賀史健【第1回】今こそ求められる「承認」ではなく「貢献」によって自分の価値を実感する勇気

『嫌われる勇気-自己啓発の源流「アドラー」の教え』

岸見: 普段の古賀さんは穏やかな方なのですが、かなり執拗に、食らいつくように質問をされるので、答えるのが大変でもあり、楽しくもありました(笑)。実際には、本書の「青年」は古賀さんでもあるけれど、若き日の私自身でもあるんですね。私も青年時代には師のもとを訪ね、徹底的に議論をしていましたから。

古賀: 議論をふっかけていたそうですね(笑)。

岸見: ええ。プラトンの対話篇を読んでいても、ソクラテスの弟子たちは不遜ともいえるほどの態度で議論に臨んでいます。要するに、上下関係を感じさせるような師弟ではなく、対等な存在として対話を進めている。それは私たちも同じ思いでした。毎回4時間を越える議論を重ね、ときには6時間議論したこともありました(笑)。うちの狭い書斎で、編集の柿内さん交えて3人で激論を交わし合ったときの「この興奮を、自分たちだけのものにしないで世界中に届けたい!」という熱い思いが、今回の本を実現させたと思っています。

厳しさの中に希望を見出すアドラー心理学

---それでは具体的に、アドラーの魅力について教えてください。

古賀: 僕がアドラー心理学でいちばん衝撃的だったのは「目的論」の話でした。フロイトやユングのように「過去(原因)」をさかのぼることで「いま(結果)」を考えるのではなく、徹底して「いま」の目的を見つめる。

---いまの目的?

古賀: たとえば「ついカッとなって大声を出した」というのが原因論。これに対して目的論では「大声を出して相手を屈服させるために、怒りの感情をつくり出した」と考える。あるいは、精神的に不安定で家に閉じこもっている人が「不安だから、外に出られない」というときにも、アドラーの目的論では「外に出たくない(そして他者と接触したくない)から、不安という感情をつくり出す」と考える。原因があって結果がある、という因果律を根本からひっくり返す議論です。

岸見: 私はギリシア哲学が専門なので、プラトンらの思想を通じて目的論には触れていました。ですから、アドラーの目的論それ自体に驚いたというより、その考えが時空を隔ててこの時代にも受け継がれ、しかも臨床に応用されていることに衝撃を受けました。目的論を哲学的な議論に終始させることなく、もっと具体的な対人関係の解決に適用していた。これはある意味、ソクラテスにもプラトンにもできなかったことです。