賢者の知恵
2014年02月27日(木)

ロスジェネ世代の精神科医・熊代亨氏の新刊『「若作りうつ」社会』より---【第2回】「成熟拒否」社会ではなく「成熟がわからない」社会

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【第一回】はこちらからご覧ください

〔PHOTO〕gettyimages by Thinkstock

前回は、現代人についてまわりがちな、エイジング関連のメンタルヘルス上のリスクについて、ケースを交えて紹介しました。

今、この国では、年の取り方が個人の自由に委ねられています。三十歳になった男性が子ども向けのアニメグッズを買い漁ろうが、四十歳になった女性が自室をファンシーに飾り立てて女子を自称しようが、個人の自由ということでもあります。そうしたライフスタイルを延長できること自体は、福音と言って差し支えないでしょう。

しかし、何歳になっても子ども向けコンテンツを公然と買い求められる社会とは、何歳になったら何をすべきかが極端に見えにくくなった社会と表裏一体でもありました。今回は、そのあたりについて触れます。

地域社会の年の取り方は、今とは違っていた

日本は昔から「年の取り方がわからない」社会だったのでしょうか?そうではなかったはずです。ほんの数十年前まで、日本人の大半にとってエイジングとはもっとわかりやすく、集団的なものでした。

例えば、私が生まれ育った北陸の漁村では、あらゆる年代の顔見知りが同時進行的に年を取り、近所で赤ちゃんが生まれると、あっという間に成長し、まもなく地域行事に組み込まれて年下の知り合いになっていったものです。四十歳を迎えれば立派なおじさんおばさん、六十歳にもなればすっかりおじいさんおばあさんだったと記憶しています。顔見知りのお年寄りが突然命を落とし、近所の寺院で弔われ、お盆や彼岸に供養するのも日常の一部でした。

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