自己主張を強める中国、力を戻してきたロシア、国力に衰えのある日本。北方領土交渉はそう簡単にはいかない。

佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」vol030 文化放送「くにまるジャパン」発言録より
※本コーナーは、佐藤優さんが毎月第1金曜日と第3金曜日に出演している文化放送「くにまるジャパン」での発言を紹介します。今回は2月7日放送分をお届けします。なお、ラジオでの発言を文字にするにあたり、読みやすいように修正を加えている部分もあります。野村邦丸(のむら・くにまる)氏は番組パーソナリティ、伊藤佳子(いとう・よしこ)氏は金曜日担当のパートナーです。

伊藤: 共同通信によりますと、ソチ・オリンピックの開会式を翌日に控えた6日、各国首脳らが続々と現地に入り、ロシアのプーチン大統領らと会談する「オリンピック外交」がスタートしました。プーチン大統領は6日に中国の習近平国家主席と会談し、協力関係を強化することを確認しました。

安倍総理大臣も7日夜にソチに入り、8日に日ロ首脳会談を行う予定です。ロシア大統領府などによりますと、このほかにイタリアのレッタ首相、アフガニスタンのカルザイ大統領、それに北朝鮮の ナンバー2とされる金永南 (キム・ヨンナム) 最高人民会議常任委員長ら、およそ40人の首脳クラスが7日の開会式に出席します。

プーチン大統領は5日、ソチで記者団に対し、シリアやアフガニスタンの情勢のほか、世界経済などをめぐって各国首脳と協議する姿勢を示し、「さまざまな問題解決に向け、この機会を最大限に生かす必要がある」と語り、オリンピック外交に意欲を示しました。
一方、アメリカのオバマ大統領やフランスのオランド大統領ら欧米の主要国の首脳クラスは開会式を欠席します。ロシアの同性愛宣伝禁止法など人権問題への抗議と見られます。

邦丸: (略)いわゆる先進国と言われる国の首脳のなかでは、日本だけが開会式に出席するというのは、ロシア国内ではおおむね好評ということのようですけれども、一方、世界に目を広げてみると、同性愛宣伝禁止法に抗議している国々のなかで、「なんだい、日本はいいのかい」という目で見られる可能性もあるという。

佐藤: これはけっこう深刻な問題で、「共通の価値観」という観点から、同性愛宣伝禁止法をみんな批判しているわけですよね。そうすると、去年の靖国訪問であるとか、あるいは公共放送だからイコール国ではないとはいえ、その放送局の新会長さんの慰安婦問題をめぐる非常に特殊な発言であるとか、果たして日本は価値観を共有しているのかという疑念があるなかで、ロシアに行っちゃうということ、これは外交的にはマイナスの要素です。

ただし、北方領土問題について考えた場合、行かなければ大変なことになったんです。今日はオリンピックの話が中心になっているんですけれど、実はもうひとつは、1855年2月7日に日本とロシアが国境を確定して外交関係をつくったという日でもあるんです。そのときにウルップ島(得撫島)とエトロフ島(択捉島)の間、すなわち北方領土は日本領だということを決める「日ロ通行条約」という条約に署名しているわけです。だから今日2月7日は「北方領土の日」で、北方領土返還要求全国大会が行われて、そこでは毎年、総理が挨拶しているわけです。

それを安倍さんもやるわけですよ。それでもし、ロシアに行かなければ、ロシアのマスコミに明日以降、「ロシアのハレの開会式のときに日本の首相は来ないというだけでなく、反ロ的な会合に出て、われわれの式典にアヤをつけた」というようなキャンペーンを張られて、それは大変な反日キャンペーンになりそうだということがある。しかし、安倍さんとしては、北方領土をきちんとやるということは言わないと、彼の信念にも反する。彼の支持母体の保守的な人たちとの関係でも、これを欠かすわけにはいかない。

(略)

邦丸: いち早く森さんは今(注:2014年2月7日放送)、オリンピック会場に入っていますよね。この後、当然プーチンさんと話をするなかで、巷間言われているのが、安倍さんが後で追いついて、今回の日ロ首脳会談というのは一気呵成に北方領土4島を──まあ、4島かどうかはわかりませんけれど、返還に向けて大きな一歩を踏み出すんじゃないか、それを官邸も狙っているんじゃないかということですけれど、そう簡単にはいかないというのが佐藤優さん。


佐藤: そう簡単にはいかない。というのはどういうことかというと、1月31日に次官級協議をやっているんですね。日本は杉山晋輔(外務審議官)さん、ロシアはモルグロフ次官。

(略)


佐藤: ロシア外務省のほうは態度を硬化させて、「われわれが北方4島を獲ったのは、連合国の一員として当然のことだったんだ」という、開き直った議論をしているんですね。杉山さんもなかなか立派なのは、ひとつひとつ、ていねいにロシアの議論を潰している。ただ、まだ潰し終わっていないんですよ。あと1回ぐらいやらないと、全部の論点が出ない。それで、お互いに平行線ですということにして、あとは首脳が決断してくださいということにするので、今回の次官級協議では領土問題を動かすところまで準備ができていないです。

邦丸: ふむ。

佐藤: (略)それから、全体の環境が変わってきていることがあって、ロシアの国力が相対的に上がった。かつて、われわれが現役で交渉をやっていた当時は日本の国力の方が圧倒的に強くて日本が押していたんですが、今はロシアが力を戻してきて、日本が衰えてきた。ですから、二国間の関係だけで頑張って「すぐに4島返せ」とやるのが本当の国益なのか、中国がこれだけ自己主張を強めているなかで、アメリカと日本も価値観の問題でなかなか難しいところがあるでしょ、イルカ漁とか、慰安婦問題とか、靖国参拝とか。

ロシアとの関係を改善することで、中国を牽制するということになると、日本としても中国を牽制できるんだったら、ある程度譲歩しないといけないという計算もある。今、その辺の国家戦略を策定している途中だと思います。・・・・・・